12話

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12話

あの後稲田さんに、土曜日は遊園地に行きましょうと伝えた。 移動距離があるから、事前に教えておいた方がいいかなって。 まさか車を出すって言われるとは思わなかったけど。 「朱音、唐揚げもう揚がってるわよ。」 「え、本当?」 お母さんの声で慌てて唐揚げをバットに移す。 ちょっとボーっとしてたわ。 「ねぇ朱音。」 「何?」 「喜んでくれるといいわね。」 「…そうだね。」 稲田さんのことだから、嫌な顔はしなさそうだけど。 されたら、ショックだなぁ… それにしても、お母さん完全に好きな人と行くって思ってそう。 そういうんじゃないんだけど。 「うん、なかなかいいんじゃない?」 「上出来。朱音もお弁当作るの上手になったわね。今度お父さんにも作ってあげて?この前ずっと拗ねてて大変だったんだから。」 「考えとく。」 稲田さん用の大きなお弁当と、私用の小さなお弁当。 並んでたら子供用と大人用って感じ。 この前稲田さんよく食べてたから大きいのにしたんだけど、大きすぎたかも? 「そろそろ時間なんじゃないの?包んどいてあげるから、準備してらっしゃい。」 「本当だ。もうこんな時間。お母さん後よろしくね。」 急いで自分の部屋に戻って着替える。 今日は遊園地だからパンツスタイル。 動きやすいのが1番でしょ。 ~~~♪ あれ?稲田さんから電話だ。 どうしたんだろう。 「もしもし?」 「稲田です。お家の前に着いたんですけど、出てこられますか?」 「……家?!」 「はい。待ち合わせ場所決めてなかったですし、車なので迎えに来た方がいいかなって思ったんですけど…」 しまった…! 時間は前回と一緒でって言ったのに、ちゃんと待ち合わせ場所伝えてなかった。 私としたことが… お弁当の事で頭がいっぱいになってたわ。 …来てしまったものは仕方がない。 お母さん達に気付かれないようにさっさと出よう。 「行ってきま~す!」 「え?朱音?」 急いで玄関を出ると、門の前に車が見える。 おお、本当に来てる。 家に迎えに来てもらうのって初めてかも。 「すみません、お待たせしましたっ。」 車の外で待ってくれていた稲田さんに声をかける。 「大丈夫ですよ。僕こそ…」 「朱音忘れ物してるわよ~!…って、あら。」 「え…」 「え?」 「…あらあら、まぁまぁ。」 「お母さん何で出てきたの?!」 「何でって、朱音が大事な物を忘れてるから。ほらこれ。」 「あ。」 …私バカだ。 お弁当忘れるとか、どんだけテンパって… 「ありがとう。じゃあもう行くから家の中に入ってて。」 「あら、紹介してくれないの?」 「そういうんじゃないから。お母さんが思ってるような関係じゃないし。」 ぐいぐい背中を押して、玄関の中に押し込む。 「朱音をよろしくお願いします~!」 玄関を閉める瞬間、お母さんのそんな声が響いた。 「はぁ……すみません、母が…」 「いえ…でも、僕何も言わなくて良かったですか?」 「大丈夫です。それより、早く行きましょう。」 あ~もう、一刻も早く家から離れたい。 なんか分かんないけど、すっごく恥ずかしい。 「…分かりました。じゃあ、朱音さんはここにどうぞ。」 「ありがとうございます。」 助手席のドアをサッと開けてくれる。 こういうの自然に出来る人なんだ。 女性皆にこんな感じなのかな? あ、だから特別感がなくて”いい人止まり”? あり得るかも。 私にすらこうやって優しいもんね。 「ふぅ…」 それにしても…ちょっと緊張するな。 実は車の助手席に乗るの初めてなんだよね。男の人の。 「あの…もしかして怒ってますか?僕が家まで迎えに来てしまったから…」 「え?怒ってませんよ?むしろ待ち合わせ場所伝えてなかった自分が悪いというか。すみません、わざわざ家まで来てもらって。」 「でも…なんだか表情が硬いような気がします。」 表情が硬い? あ~…緊張してるのが顔に出てるのかな。 「…実は、ちょっとだけ緊張してるんですよね。」 「緊張?」 「初めてなんです。男性の車の助手席。」 意外って思われてそう。 でも本当なんだな、これが。 「だから、慣れないというか、緊張するというか…」 「…僕も、助手席に女性を乗せるのは初めてです。多分朱音さん以上に緊張してます。」 「そうなんですか?」 とても緊張してるようには見えないけど。 あれ?でもそれだと、さっきの私の考えは間違ってるってことじゃ…? 「必死に平静を装ってますから。朱音さんにかっこ悪い所を見せたくないので。」 はにかんだ表情で言う稲田さんを真正面から見て、ただでさえ緊張でドキドキしていた心臓が更に早まった。 …何その台詞。 私をドキドキさせてどうすんの!? 確かに実地訓練だけどさっ。 「朱音さん顔真っ赤ですけど、どうかしました?体調でも…」 「…大丈夫なので、今こっち見ないでもらっていいですか?」 「え、どうしてですか?」 「どうしてもですっ。そ、それより、早く行きましょう?」 「じゃあ、出発しますけど…気分とか悪いようなら、早めに教えてくださいね。」 頷くだけで返事を返すと、ゆっくりと車が出発する。 ドキドキを静めたくて景色を眺めようと横を向いたら、窓ガラスに映った自分の顔は予想以上に真っ赤に染まっていた。
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