775人が本棚に入れています
本棚に追加
12話
あの後稲田さんに、土曜日は遊園地に行きましょうと伝えた。
移動距離があるから、事前に教えておいた方がいいかなって。
まさか車を出すって言われるとは思わなかったけど。
「朱音、唐揚げもう揚がってるわよ。」
「え、本当?」
お母さんの声で慌てて唐揚げをバットに移す。
ちょっとボーっとしてたわ。
「ねぇ朱音。」
「何?」
「喜んでくれるといいわね。」
「…そうだね。」
稲田さんのことだから、嫌な顔はしなさそうだけど。
されたら、ショックだなぁ…
それにしても、お母さん完全に好きな人と行くって思ってそう。
そういうんじゃないんだけど。
「うん、なかなかいいんじゃない?」
「上出来。朱音もお弁当作るの上手になったわね。今度お父さんにも作ってあげて?この前ずっと拗ねてて大変だったんだから。」
「考えとく。」
稲田さん用の大きなお弁当と、私用の小さなお弁当。
並んでたら子供用と大人用って感じ。
この前稲田さんよく食べてたから大きいのにしたんだけど、大きすぎたかも?
「そろそろ時間なんじゃないの?包んどいてあげるから、準備してらっしゃい。」
「本当だ。もうこんな時間。お母さん後よろしくね。」
急いで自分の部屋に戻って着替える。
今日は遊園地だからパンツスタイル。
動きやすいのが1番でしょ。
~~~♪
あれ?稲田さんから電話だ。
どうしたんだろう。
「もしもし?」
「稲田です。お家の前に着いたんですけど、出てこられますか?」
「……家?!」
「はい。待ち合わせ場所決めてなかったですし、車なので迎えに来た方がいいかなって思ったんですけど…」
しまった…!
時間は前回と一緒でって言ったのに、ちゃんと待ち合わせ場所伝えてなかった。
私としたことが…
お弁当の事で頭がいっぱいになってたわ。
…来てしまったものは仕方がない。
お母さん達に気付かれないようにさっさと出よう。
「行ってきま~す!」
「え?朱音?」
急いで玄関を出ると、門の前に車が見える。
おお、本当に来てる。
家に迎えに来てもらうのって初めてかも。
「すみません、お待たせしましたっ。」
車の外で待ってくれていた稲田さんに声をかける。
「大丈夫ですよ。僕こそ…」
「朱音忘れ物してるわよ~!…って、あら。」
「え…」
「え?」
「…あらあら、まぁまぁ。」
「お母さん何で出てきたの?!」
「何でって、朱音が大事な物を忘れてるから。ほらこれ。」
「あ。」
…私バカだ。
お弁当忘れるとか、どんだけテンパって…
「ありがとう。じゃあもう行くから家の中に入ってて。」
「あら、紹介してくれないの?」
「そういうんじゃないから。お母さんが思ってるような関係じゃないし。」
ぐいぐい背中を押して、玄関の中に押し込む。
「朱音をよろしくお願いします~!」
玄関を閉める瞬間、お母さんのそんな声が響いた。
「はぁ……すみません、母が…」
「いえ…でも、僕何も言わなくて良かったですか?」
「大丈夫です。それより、早く行きましょう。」
あ~もう、一刻も早く家から離れたい。
なんか分かんないけど、すっごく恥ずかしい。
「…分かりました。じゃあ、朱音さんはここにどうぞ。」
「ありがとうございます。」
助手席のドアをサッと開けてくれる。
こういうの自然に出来る人なんだ。
女性皆にこんな感じなのかな?
あ、だから特別感がなくて”いい人止まり”?
あり得るかも。
私にすらこうやって優しいもんね。
「ふぅ…」
それにしても…ちょっと緊張するな。
実は車の助手席に乗るの初めてなんだよね。男の人の。
「あの…もしかして怒ってますか?僕が家まで迎えに来てしまったから…」
「え?怒ってませんよ?むしろ待ち合わせ場所伝えてなかった自分が悪いというか。すみません、わざわざ家まで来てもらって。」
「でも…なんだか表情が硬いような気がします。」
表情が硬い?
あ~…緊張してるのが顔に出てるのかな。
「…実は、ちょっとだけ緊張してるんですよね。」
「緊張?」
「初めてなんです。男性の車の助手席。」
意外って思われてそう。
でも本当なんだな、これが。
「だから、慣れないというか、緊張するというか…」
「…僕も、助手席に女性を乗せるのは初めてです。多分朱音さん以上に緊張してます。」
「そうなんですか?」
とても緊張してるようには見えないけど。
あれ?でもそれだと、さっきの私の考えは間違ってるってことじゃ…?
「必死に平静を装ってますから。朱音さんにかっこ悪い所を見せたくないので。」
はにかんだ表情で言う稲田さんを真正面から見て、ただでさえ緊張でドキドキしていた心臓が更に早まった。
…何その台詞。
私をドキドキさせてどうすんの!?
確かに実地訓練だけどさっ。
「朱音さん顔真っ赤ですけど、どうかしました?体調でも…」
「…大丈夫なので、今こっち見ないでもらっていいですか?」
「え、どうしてですか?」
「どうしてもですっ。そ、それより、早く行きましょう?」
「じゃあ、出発しますけど…気分とか悪いようなら、早めに教えてくださいね。」
頷くだけで返事を返すと、ゆっくりと車が出発する。
ドキドキを静めたくて景色を眺めようと横を向いたら、窓ガラスに映った自分の顔は予想以上に真っ赤に染まっていた。
最初のコメントを投稿しよう!