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13話
30分程車を走らせると、見覚えのある遊園地が見えてきた。
「あれですね。」
「久しぶりに来たけど、変わってない!」
最後来たのいつだっけ?
中学生ぐらいかな。
駐車場に車を止めた後、入場しようとすると稲田さんに止められる。
「朱音さん、お金…」
「大丈夫です。父が会社の飲み会で当てたチケットがあるので。」
「お父さんが?」
「はい。これなら稲田さんにお金を使わせなくて済むでしょ?」
「気にしなくていいって言ったのに。」
気にするに決まってるじゃん。
そのお金は、次好きになった人とのデートの為に取っておいて欲しいし。
「早く行きましょ!私今日楽しみにしてたんです。遊園地とか久しぶりなので。」
「僕もです。来たのいつぶりだろうな。朱音さんは何から乗りたいですか?」
「う~ん…稲田さんは絶叫系とか好きですか?」
「嫌いではないけど、得意でも無いですかね。」
そうなんだ。
私もどうしても絶叫系に乗りたいわけではないしな。
となると…
「…ミラーハウス。」
「え?」
「ミラーハウスがいいです。」
確かここ、10分ぐらいで出られるミラーハウスがあるはず。
歩くだけの迷路なら、お弁当の事も気にならないしいいんじゃない?
「ミラーハウスですか。それこそかなり久しぶりです。」
「私も小さい頃以来です。」
「じゃあ行きましょうか。」
「はい!」
ミラーハウスは丁度混んでなくて、待ち時間なく入ることが出来た。
「わ~…本当鏡だらけで、左右も前後も分からなくなりそう。」
「朱音さんが沢山いますね。」
「それを言うなら、稲田さんだっていっぱいいますよ。」
「確かにそうですね。」
進んでも進んでも鏡だらけ。
上も鏡だから、見上げてると万華鏡の中みたい。
こんな所で迷ったら、不安になりそうだな。
そういえば小さい頃、迷路でお父さん達とはぐれて大泣きしたことあったっけ。
懐かしいな。
「稲田さんは迷路とか…ってあれ?稲田さん?」
さっきまでそこに居たのに。
うそ、はぐれた?
「稲田さん?稲田さーん。」
何処を向いても自分の姿しか無い。
やだ、どうしよう。
「稲田さんっ」
何処に行ったの…?
「朱音さん!」
「居た~…!」
「すみません!1人で先に進んでたみたいで…」
「どうしようかと思いました…!」
「本当すみません。振り返ったら朱音さんがいなくて僕も焦りました。」
…本当にホッとした。
ちょっと泣きそうになっちゃったじゃん。
「…もう置いて行かないでくださいね。」
「あ…じゃあその、えっと……手…繋ぎますか?」
「え?」
「手を繋いでたら置いていくこともないですし……嫌、ですか?」
「嫌では、ないですけど…」
「じゃあ…」
差し出された左手を見る。
いいのかな。繋いじゃって。
確かに繋いでたらはぐれないけど。
でも…
「…朱音さんの手、思ってたよりも小さいですね。」
結局、繋いじゃった。
気付いたら、右手が勝手に稲田さんに伸びてた。
稲田さんの手大きいな。
大きくて…
「…温かい。」
お父さんとも、他の人とも違う。
「行きましょうか。」
「…はい。」
なんか不思議。
1人だとあんなに不安だった鏡だらけの世界も、稲田さんと2人だとホッとする。
何処を見てもさっきとは違って、手を繋いでる私達だらけ。
でも、嫌な気はしない。
というか、ちょっとドキドキしてる。
…稲田さん、あれから無言になっちゃったな。
でも、不思議と無言でも気まずくないっていうか。
言葉が無くても、手で通じ合ってるみたいな…?
何だろう、この感じ。
「…ここが出口、ですね。」
「あ…」
着いちゃった。
「出口に着いたし、手…もう離した方がいいですよね。」
優しく解かれた右手。
さっきまで温かかったのに、急に手が冷たくなった気がする。
なんか…凄く寂しい。
「朱音さん?次どうしましょうか。」
「…え?あ、えっと…次は…」
どうしよう。
何にも思い浮かばない。
「もうすぐお昼ですし、先にご飯食べちゃいますか?」
時計を見ると、11時を半分超えそうな時間。
「そうですね。先にお昼にしちゃいましょうか。」
「じゃあ、どこかお店…」
「あの!それなんですけど…」
緊張するから稲田さんの顔を見ないように、大事に持っていたお弁当を差し出す。
「お弁当作ってきたので、あっちの広場で食べませんか?」
「え…」
あれ。
反応がない…
もしかして、やっぱり嫌だった、かな…
「あの……」
「……朱音さんが作ったんですか?」
「えっと…お母さんにも手伝ってもらいながら、ですけど…殆ど私の手作り、です…」
「そう、ですか…朱音さんの、手作り……まずいな…嬉し過ぎる…」
「…へ?」
小声だったけど、今嬉しいって言った?
言ったよね?
……稲田さんの顔見て、ちゃんと確かめたい。
「……え。稲田さん顔…」
すごい真っ赤なんだけど。
「今はちょっと、見ないで貰っていいですか。」
手で顔を隠そうとしてるけど、赤い耳が見えてる。
そんなに真っ赤になるぐらい、喜んでくれたってこと…?
何これ。
胸がギュッてなって苦しい。
苦しいけど、嫌じゃない。
…なんか無性に、稲田さんに触れたい。
「…稲田さん。手、貸してください。」
「手…?」
顔を隠していた左手に、もう一度触れる。
握った手は、やっぱり大きくて温かくて。
ドキドキするのに、安心する。
「あ、朱音さん?あの…」
戸惑う稲田さんをよそに、私は彼の手を握り続けていた。
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