14話

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14話

「稲田さんの口に合うかは分からないですけど…」 おずおずと大きなお弁当箱を稲田さんに差し出す。 …あの後。 正気に戻った私は、自分のしてる事が凄く恥ずかしくなって咄嗟に手を離してしまった。 稲田さんは顔が真っ赤なままだし私も恥ずかしいしで、ぎこちない雰囲気でこの広場に辿り着いたんだよね。 しかも、お母さんが気を利かせて入れてくれてたレジャーシートが、丁度2人しか座れないぐらいの狭さで… お互いに端っこに座ってちょっと外側向いてるのが、さっきのことを意識し合ってるみたいでめっちゃ恥ずかしい。 私、なんであんなことしたんだろ… 自分から触れたいなんて、今まで思ったこと無かったのに。 お弁当を受け取ってくれた稲田さんは、フタを開けながらニコニコしてくれている。 「母親以外の女性の手料理を食べるのは、初めてかもしれません。食べるの勿体ないな…」 「あんまり期待しないでください。普段殆ど料理しないから…」 「朱音さんが作ってくれたってだけで、僕は嬉しいです。それに凄く美味しそうですよ?彩もいいですし。…いただきます。」 気になって体ごと稲田さんの方に向ける。 どうか失敗してませんように…! 「…美味しい。凄く美味しいです。」 「…良かった。」 ホッとした。 安心したらお腹空いてきたな。 私も食べよっと。 「あれ?朱音さんのお弁当小さくないですか?」 「私はこれぐらいで丁度いいですよ。稲田さんはよく食べるみたいだったし、特別大き目にしてありますけどね。」 「そうなんですか?ありがとうございます。」 なんか嬉しそう。 喜んでくれて良かった。 稲田さんは、こういうのもちゃんと受け入れてくれる人なんだな。 嫌がるどころか、あんなに顔を真っ赤にしてくれるぐらいだもんね。 稲田さんが本当に恋人だったらいいのにな… … ……ん? 今何て思った?! まるで私が稲田さんの事好きみたいじゃん。 私はこの人が次こそ上手く行くように応援してるだけだしっ。 大体これはデートとはいえ作戦だからねっ。 って、私誰に言い訳してんだろ。 そういえば…稲田さんが誰かと付き合うことになったら、もう会う事が無くなるんだよね。 考えた事無かったけど。 次告白が成功したら稲田さんの隣にはその人がいて、私の事なんてその内忘れて… 「っ…」 …なにこれ。 胸が苦しい。 さっきとは全然違う。 やだ、泣きそうなんだけど… 何で…? 「朱音さん?!どうかしました?」 「稲田さ…」 「どこか痛いんですか?」 首を振ることしか出来ない。 稲田さんの隣に他の誰かがいるのを想像しただけなのに、苦しくて仕方がない。 何かに縋りたくて咄嗟に手を伸ばした先にあったのは、稲田さんの腕。 でも彼の温もりを感じたら、不思議と苦しさが落ちついていく。 その瞬間に分かってしまった。 そっか… 私、稲田さんの事好きなんだ。 触れたいと無性に思ったのも。 この人の言葉にドキドキしたのも。 想像しただけでこんなに辛いのも。 全部、好きだからだ。 莉菜が言ってたのは、多分この事だよね。 あの時点ですでに、稲田さんに惹かれてるって気付かれてたわけか。 本人は気付いてもいなかったのに。 鈍いな~私。 こんな風に人を好きになることなんて、もう無いと思ってたのに。 もう1度恋をするとは思わなかった。 「朱音さん、本当に大丈夫ですか?」 「あ…大丈夫です。ごめんなさい、急に腕掴んだりして。」 「それはいいんですけど…気分が悪いようなら横になった方が…」 「もう平気です。ごめんなさい、心配かけて。」 「本当に平気ですか…?」 「心配症ですね。大丈夫ですよ。」 「そりゃすっ……凄く苦しそうにしてたので心配で。」 なんか今、妙な間が無かった? 「稲田さんのおかげで楽になったので大丈夫です。」 「僕、何もしてませんけど…?」 「そんなことないですよ。それより、この後どうします?」 「え?あ、そうですね…しばらくここで休んでから、負担にならない乗り物に乗りましょうか。」 「大丈夫って言ってるのに。また相手に気を使い過ぎですよ。」 「これは違います。僕がそうしたいんです。」 そんなに優しいと、期待してしまうんだけど。 …稲田さんの好みは、いつかのカフェで見たような、私と正反対の清楚系な人だって分かってるのに。 ************** 「もうこんな時間ですね。」 本当だ。 暗くなり始めちゃった。 「今日も楽しかったです。」 「…朱音さん。もう1つだけ、乗りたい物があるんですけど…」 そう言って稲田さんに連れてこられたのは、観覧車。 「朱音さん高い所大丈夫ですか?」 「大丈夫です。」 高所恐怖症ではないはず。 あんまり高い所行ったことないから分からないけど。 「じゃあ乗りましょうか。」 「はい。」 ゴンドラに乗り込んで向かい合わせに座ると、少しづつ昇っていく。 稲田さん、何にも喋らないな。 どうしたんだろ。 「稲田さん、どうかしました?」 「…朱音さん。話があるんです。」 「はい。」 どうしたんだろ。改まって。 「…この作戦で会うのは、次を最後にしたいんです。」 「え…」 最後? もしかして… 「好きな人が、いるんですか?」 「えっ?いやその……はい。」 そう、なんだ… そっか。 次で最後か… 「朱音さん?」 稲田さんは、相手にちゃんと気持ちを伝えようとしてるのに。 私はこのまま次でさよならでいいのかな… 「……稲田さん。」 「はい。」 「最後の日に、お話したい事があります。」 ちゃんと伝えよう。 だって、もう1度恋することを教えてくれた人だから。
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