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16話
「ふぅ…」
待ち合わせの15分前か。
間に合って良かった。
稲田さんは…まだ来てなさそうだな。
お仕事の後だし、ギリギリかもしれない。
あ~…緊張してきた。
この格好変じゃないかな…
さっきからチラチラ見られてる気がするんだけど。
こんな風に緊張しながら好きな人を待つのも、久しぶりだな。
早く来て欲しいけど、来たら来たで緊張が増すんだよね。
でもやっぱり会えるのが嬉しい、みたいな。
ん…?
あそこでキョロキョロしてるの、稲田さん?
…やっぱり稲田さんだ。
「稲田さん!」
呼びかけたら1回こっちを見たのに、またキョロキョロしてる。
何で?
人が多いから見えてない、とか?
近づいて来てるのに、全然私に気付く気配が無い。
何でだろう。
もう1回呼んでみようかな。
「稲田さん!」
あ、やっとこっち見た。
「え…えーっと…?」
なんか戸惑ってる?
「稲田さん、どうかしました?」
「え…?もしかして…朱音さん?!」
「そうですけど…?」
なんでそんなに驚いてるんだろ。
「だって、いつもと全然…どうしたんですか?何かありました?」
そんなに分からない程いつもと違うのかな…
「変、ですか…?」
「まさか!凄く可愛…あ~、えっと…すごく似合ってますよ。」
「良かった…」
「でも、どうして急に?」
「それは…」
あなたが好きだから。
って言いたいのに、やっぱりいざとなるとなかなか言葉が出ない。
「…とりあえず、行きましょうか。朱音さんも晩ご飯まだですよね?」
自分の情けなさに、頷くことしか出来ない。
「近くに美味しいお店があるので、そこに行きましょう。」
稲田さんの後ろについて行きながら、こっそり溜め息を吐く。
今、告白するのにいいタイミングだったんだけどなぁ…
何で言えなかったんだろ…
稲田さんがよく行くというダイニングバーは、どれも凄く美味しくて。
ちょっとだけお酒も飲んで、少し凹んでいた気持ちも浮上した気がする。
「美味しかった~。」
「朱音さんにも気に入ってもらえて良かったです。」
いつもの優しい笑顔に、胸がきゅっと締め付けられる。
これを見られるのも、今日で最後になるのかな…
「ちょっと歩きましょうか。」
「はい。」
並んで歩きながら辿り着いたのは、初めて稲田さんとデートした時にも来た、川沿いの遊歩道。
あの時は家族連れも多かったけど、さすがにこの時間はカップルが多い。
仲良さげな恋人達を見て、羨ましいなって思ってしまう。
「はぁ…」
「どうかしました?あ、食べてすぐ歩いたから気分悪くなりました?ベンチに座りましょうか。」
本当、優しいな。
優しくて、気遣い屋で、心配症で…
そんな稲田さんが、好き。
「丁度そこにベンチがありますね。行きましょうか。」
ベンチに向かおうとする稲田さんの手を引き留める。
「朱音さん?どうしました?」
「……好き。」
「え?」
「好きです。私、稲田さんの事が好きです。」
「え…」
困らせた、かな。
「あの、困らせるつもりはなくて。ただ伝えたかっただけというか…えっと、だからその…」
「…参ったな。」
やっぱり、迷惑だったよね…
「ごめんなさ…」
「朱音さんに先を越されてしまうなんて。」
……ん?
先を越されてって…
「僕が告白しようと思ってたのに。」
「へ…?」
「僕も、朱音さんの事が好きです。」
「うそ…だって好きな人いるって…」
「朱音さんの事に決まってるじゃないですか。」
「だってだって、稲田さんの好みのタイプって清楚系でしょ?」
「清楚系…?」
「ほら、カフェで教えてくれたじゃないですか!だから私…」
考えるそぶりをした稲田さんは、ああ!と言った後何故か笑っている。
「あれは、今まで好きになった人がどんな感じだったかって話だったでしょう?」
「でも…」
「僕は、見た目で好きになるわけじゃないですよ。まさか…それを気にしてこんなに変化を?」
「…はい。どうせ砕けるなら、やるだけやって砕けようって…」
「朱音さんが砕けちゃったら、僕が困ります。でも、そうだったのか…なら、気にせずにさっさと朱音さんに伝えればよかったですね。」
「え?」
どういう意味?
「朱音さんがあまりにも変わっていたから…他の男の為に変わったのかもって思って、ちょっと勇気が出なくて。情けないですね。」
「変わったのは…稲田さんのためです。稲田さんが好きだから…」
「ありがとうございます。その気持ちがすごく嬉しいです。でも、どんな朱音さんも僕は好きですよ。」
稲田さんの好きって言葉で、ジワジワと目に涙が浮かんでくる。
…まさか両思いだなんて。
「わっ…朱音さんっ?」
嬉しくて、ちゃんと現実だって確かめたくて、思わず稲田さんに抱きついた。
驚きながらも、ちゃんと抱き留めてくれる。
「…もう一回、言ってください…」
「え?」
「好きって、もう一回聞きたい…」
「じゃあ…敬語じゃない方がいいですか?」
「え?」
「ここぞって時は敬語じゃない方がいいって、朱音さんが教えてくれたでしょう?」
「……どっちでもいい…!」
好きな人に好きって言ってもらえるなら、そんなの関係ない。
どっちだって、嬉しいから。
「……好きだよ。誰よりも、大好き。」
「私も、好きっ…!」
「うん…凄く、嬉しい…」
腕に力を込めると、ちゃんと抱きしめ返してくれる。
それが凄く嬉しくて幸せで。
しばらくお互いの温もりを感じ続けていた。
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