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17話
両想いの喜びを噛みしめていると、突然着信音が響いて体がビクッとなる。
…そうだった。
ここ外じゃん…!
稲田さんもそれに気付いたのか、ほぼ同時にバッと離れる。
「そういえばここ、外、でしたね…」
「そう、でしたね…」
あはは…って2人で照れ笑いしてしまう。
絶対見られてたよね。
恥ずかし過ぎる…!
「…もうこんな時間だし、そろそろ帰りましょうか。」
「あ…」
もう少し一緒に居たいけど…
稲田さん疲れてるよね。
お仕事の後だし。
「家まで送ります。」
「…はい。」
ちょっと寂しいなって思ってたら、彼の左手が私に向かって伸ばされる。
「…手、繋ぎましょう?」
夜でも分かる赤い顔で言われて、私まで顔が熱くなる。
今どき中学生でも、手繋ぐぐらいでこんな反応しないんじゃない?
でも、そういう所も好き。
私も右手を伸ばしたら、少しだけ強く握られた。
「…これからは、いつでもこうやって手を繋げるんですね。」
遊園地の時は、ミラーハウスを出たら離されてしまったけど。
「…今度は、途中で離さないでくださいね。」
「もちろん、ずっと離しませんよ。」
その言葉がすごく嬉しくて、自然と顔が笑ってしまう。
「行きましょうか。」
「…はい。」
軽く手を引かれたのを合図に、2人で歩き始める。
これからは、稲田さんの隣は私の場所なんだよね…?
確認するみたいに握る手に軽く力を込めたら、こっちを向いて笑って握り返してくれる。
それが凄く嬉しくて、泣きそうになった。
家までの距離が延びればいいのにな。
そう思うほど、あっという間に感じた帰り道。
もう、バイバイか…
「あの…朱音さん。明日の予定空いてますか?」
「え?あ、はい。空いてます。」
「じゃあ、デートしましょう。今度は…本当の恋人として。」
「…はい!」
明日も会える。
そう思うだけで、さっきまでの寂しさが薄れる。
「時間や場所はまた後で…」
「朱音?帰ったの?」
「え…お、お母さん!」
「あら。ごめんなさいね、話し声が聞こえたもんだから。お邪魔だったわね。」
何でこうタイミングよく出てくるかな。
「あ、あの!稲田宏平と言います。すみません、こんな遅くまで連れ歩いてしまって。」
「別に構いませんよ。この子ももう大人ですから。好きな人と一緒に居る方が幸せでしょうし。ね、朱音?」
「…そりゃ、ね…」
「ふふっ。やっと素直に言ったわね。」
やっとも何も、今日両想いになったばっかりなんだけどね。
「私は…この子を傷つけないとだけ約束していただければ、後は別に何も言いません。」
「もちろんです。朱音さんとは真面目にお付き合いしていくつもりですし、大切にしたいと思っています。」
「稲田さん…」
「まるで若い頃のあの人を見てるみたいだわ。」
それお父さんの事だよね。
…全然似てないし。
稲田さんの方が素敵だし。
「今度またゆっくり遊びに来てくださいね。」
「はい。近々またご挨拶に伺います。」
「ふふっ。お父さんがまた拗ねちゃうわね。じゃあ、お母さんは先に入ってるから。…いい人見つけたわね、朱音。」
「…うん。」
なんだか凄く嬉しそうなお母さんの後姿を、2人で見送る。
「いいお母さんですね。朱音さんの事大事にしてるのが伝わってきます。」
「…そうですね。」
傷付けないでって、あの頃私が泣いていた原因が何なのかを気付いてたからだよね。
「それで、明日の事なんですけど…詳しい事は、また後で電話しますね。」
「電話ですか?」
珍しいな。
いつもはメッセージが殆どなのに。
「…寝る前に、朱音さんの声聞きたいので…」
…そんなこと言われたら、電話に出るの緊張しちゃうんだけど。
「ダメですか…?」
「…ダメじゃないです。私も声、聞きたい…」
「良かった…」
…やばい。
最近こんなにドキドキしたことないから、心臓壊れそう。
落ち着け私。
…そういえば。
「あの、これからなんですけど…」
「はい。」
「稲田さんは、どっちがいいですか?」
「どっち、とは?」
「今までの私か、今日の私か…」
やっぱり稲田さんが好きな方で会いたい。
「う~ん…それはどちらでも構わないですが…」
「ですが?」
「どっちの朱音さんも可愛いから、取られないか心配で仕方ない、かな。」
「へ…」
この人は本当に、私をドキドキさせることを言い過ぎ…!
それにそんな心配、全然必要ない。
だって稲田さんの事こんなに好きだから。
他の男になんて靡かないよ。
むしろ稲田さんの方が心配。
いつか他の人が、この人の良さに気付いてしまうんじゃないかって。
ずっと、私だけのいい人で居て欲しい。
「……稲田さん。少し、屈んでくれますか?」
「いいですけど…どうかしたんですか?」
「屈んでくれたら分かります。」
不思議そうにしながらも、私の身長に合わせるように屈んでくれる。
「これでいいですか?」
目の前の稲田さんの肩に両手をついて、思い切って彼の唇の真横に口づける。
軽くちゅっと音を立てて離れると、目の前の彼は呆然としていた。
「え…あの…今の……え?」
「…私からするの、初めて、です。それぐらい稲田さんの事、好きです…」
…今更恥ずかしくなってきた。
唇の横とはいえ、自分からって本当に初めてだ~…
でもどうしても自分の気持ちを伝えたかったから。
それにしても…稲田さん固まってる。
「稲田さん…?」
「……あ、はい。えっと…」
あ。今度は顔が真っ赤になった。
なにもう…
私のでそんな顔を赤くしてくれるとか、もう本当…愛おしい。
この気持ちは、生まれて初めて感じる。
「ねえ、稲田さん。」
「…はい。」
「ここは…稲田さんからしてくれるの待ってます、ね。」
自分の唇をトントンと触ると、意味が伝わったのか稲田さんの顔が更に真っ赤になった。
多分私も、同じぐらい真っ赤。
「…頑張り、ます。」
きっと、稲田さんは全部が初めて。
果たして私の唇が奪われるのはいつになるのか。
それを知っているのは、私の大好きな”良い人”、ただ一人だけーーー。
ーーEND--
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