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番外編:呼び方① 朱音編
それは、お昼に莉菜とお弁当を食べている時の事。
「え、あんた達まだ”稲田さん”と”朱音さん”なの?」
「そうなんだよね…」
「ねえ、もう付き合い始めて1ヶ月経ったよね?」
「うん。」
「なのに何で呼び方変えないの?」
むしろどうやったら変えられるのか教えて欲しいんだけど。
私だっていつまでも”稲田さん”って呼ぶのは、なんかよそよそしくて嫌だし、稲田さんにも”朱音”って呼んで欲しい。
でもどんなタイミングで言えばいいのか…
しかも、私はなんて呼んだらいいの?
宏平さん?
でもこの呼び方は、私の柄じゃないというか。
なんかこう、呼ぶたびに恥ずかしそう。
宏ちゃん、もちょっとなぁ。
個人的に人前ではかなり呼びにくい。
やっぱ宏君、かなぁ…
一番呼びやすい気がする。
稲田さんを呼び捨てにするのは無理だから、そもそも選択肢にはないし。
だって年上だもん。
お母さんもお父さんの事呼び捨てにはしてないしね。
稲田さんから呼び方変えてくれたら、変えやすいんだけど…
呼び捨てにした事ないって言ってたもんなぁ。
「朱音から変えたらいいじゃない。」
「どういうタイミングで変えればいいか分かんない。」
「例えば…ベッドの中とか?」
「ぶっ!」
「ちょ、朱音汚いっ。」
昼間っからなんてことを言うのよ。
「ねぇ、その反応もしかして…まだなの?」
「…悪い?」
「ウソでしょ?この1ヶ月何も無かったの?!」
「何もってわけじゃ、ないけど…」
キスは、したし。
ついこの前だけど。
「はぁ~。奥手なのね~。それじゃ呼び方もなかなか変わらないわけだ。」
奥手も何も、稲田さんは私が初めての彼女だから。
まあ、そういうのはゆっくりでもいいって思ってるからいいんだけど。
でも遅すぎるのも、魅力ないのかなって心配にはなるかなぁ…
「2人きりの時にさりげなく呼んでみれば?明日初めてのお家デートなんでしょ?」
そう。
明日初めて稲田さんのお家に行く事になってるんだよね。
前に話してた映画のDVDをすっかり2人とも忘れてて、じゃあ一緒に見ようって事になったんだけど…
「もしかしたら、そういう事もあるかもね~。」
「やめてよ。」
莉菜ってばニヤニヤして完全に面白がってる。
問題はそこじゃなくて呼び方だってば。
…明日、さりげなく呼んでみようかなぁ。
***************
「お邪魔します。」
「どうぞ。狭くてごめんね。適当に座っててくれる?」
「うん。」
男の人の部屋って初めて入るけど…イメージと違うかも。
スッキリしてる。
稲田さん、綺麗好きなのかな。
私の部屋より綺麗かもしれない…
「朱音さん、紅茶でいい?」
「うん。あ、私お菓子持ってきたので、一緒に食べましょう?」
「食べましょう?」
「あ…食べよう?」
「うん。僕は結構慣れてきたけど、朱音さんはまだ時々使っちゃいますね。」
「稲田さんだって使ってるよ。」
「あ…本当だ。う~ん…やっぱりまだ慣れてないな。」
付き合い始めてから、お互いに敬語を使うのをやめようという約束をしたんだけど…
やっぱりまだ時々使っちゃうんだよね。
でも、だいぶ距離感が近くなってる気はするから、嬉しいな。
それに、こういう時ちょっと照れたように笑うから、それが可愛くて好きだったりもするし。
「さて、準備も出来たし見ようか。」
「うん。」
ソファーでいいのかな。
先に座っていると、何故かちょっとだけ間を空けて座る稲田さん。
2人掛けのソファーだし、空いてるのは拳1つ分ぐらいだけど…なんか寂しい。
「ねえ、稲…」
あ、もしかして…
今かな。
よく分かんないけど、そんな気がする。
…よし。
「ねぇ…宏君。」
DVDのリモコンを触っていた彼は、一瞬止まった様に見えたのにまた操作を始める。
聞こえなかったのかな?
「宏君。」
さっきより少し大きめの声で呼ぶと、今度は明らかにビクッとして停止した。
この反応、聞こえてないわけではないよね。
「…朱音さん?今…」
「ダメ…?呼び方変えたいなって思ってて。」
「ダメでは無い、けど…その、そんな呼び方されたことがないから、心臓に悪いというか…」
「…宏君。」
「…はい。」
「私も、朱音って呼んで欲しい、な。」
「…はい?」
「呼び捨てがいい。だって、恋人だから。」
「それは…そうです、けど…」
呼び方って、以外と大切だと思うんだよね。
それ1つで、距離感が変わる気がするから。
「宏君。」
「あ…えっと…」
私だってちょっと恥ずかしい。
でも、もっと近づきたいから。
呼び捨てにしたことがない彼には、凄く高い壁なのかもしれないけど、乗り越えてきて欲しい。
⇒⇒⇒宏平編へ続く。
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