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番外編:呼び方② 宏平編
僕は今、一体何を言われているのだろうか…。
今日は確か、渡しそびれていた映画のDVDを一緒に見るという予定だったはず。
それが何故、急に呼び捨てにして欲しいという話に…?
「宏君。」
「あ…えっと…」
呼ばれ慣れない呼び名に、しどろもどろになってしまう。
ただでさえ自分の家に2人きりで緊張しているというのに、これ以上ドキドキさせられたら…本当に僕の心臓は壊れてしまうかもしれない。
「そんなに呼びにくい?」
「いや…そもそも女性の名前を呼び捨てにしたことがないから…」
「うん、知ってる。でも呼んで欲しい。もっと宏君に近づきたい。」
それが現実的な距離を意味しているわけじゃないのは分かってる。
敬語をやめようという話の時にも、彼女が言っていたから。
でも急に呼び捨ては、ハードルが高いな…。
「朱音さんじゃ、嫌、かな…」
その言葉に、彼女が悲しそうな顔をしてしまった。
…はぁ。本当情けないな。
好きな人を悲しませるなんて。
こういうのがきっと、今までダメだった1つの原因なんだろう。
僕だって呼びたくないわけじゃない。
呼び捨てにする度胸がないだけだ。
でも、彼女に嫌われるのだけは絶対に嫌だ。
それなら…やることは1つ。
「……あか、ね…。」
ちょっとどもってしまったけど、彼女がパッと笑顔になってくれる。
それにホッとする。
この笑顔が凄く好きだ。
純粋に喜んでくれているのが伝わってくる、屈託のない笑顔。
「もう一回呼んで?」
「…朱音。」
ちょっと赤い顔で、本当に嬉しそうに笑ってるのがたまらなく可愛くて、愛しい。
抱きしめたいな…
いや、急にだとビックリさせるか。
……でも、触れたい。
「えっ…ちょ…どうしたの?急に。」
すぐ傍にあった彼女の腕を引いて、ぎゅっと抱きしめる。
驚いてるけど、嫌ではなさそうで安心した。
「…宏君?」
「…好きだよ、朱音。」
「うん…私も、大好き。…嬉しいな。私もくっつきたいって思ってたから。」
「…じゃあ、抱きしめたまま映画見る…?」
「このままは無理だよ~。」
確かにこのままじゃ無理だな。
でも、離したくない。
「えっ…」
彼女を抱っこして、自分の足の間に座らせてみる。
これなら、離れずに見れるはず。
それにしても…抱っこしたの初めてだけど、軽すぎじゃないかな。
ちゃんと食べてるのか心配だ…
「あの…これちょっと…」
「嫌…?」
「…嫌じゃ、ない、けど…」
「じゃあ、このままで。」
後ろから抱きしめると、照れながらも嬉しそうにしてくれているのが分かる。
…そうか。
少し分かったかもしれない。
朱音さんって呼んでいたら、この体勢は多分僕には無理だった。
でも朱音って呼んでからは、前より近づいてもいいって気がした。
呼び方を変えただけなのに、親密度が増した気がしたんだ。
恋人としての関係が深まったみたいで嬉しい。
その気持ちのまま、目の前に揺れている髪の毛に口付ける。
それに気づいた彼女が、ちょっと照れたように笑顔で後ろを振り返った。
それを見て僕は、間近でこの笑顔が見られる幸せを心の底から噛みしめたのだった。
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