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7話
先輩との事、自棄になっていた時の事、両親の様な夫婦になりたいという夢をもう諦めた事。
全部稲田さんに話してしまった。
夢の事は、莉菜も知らないのに。
静かに聞いてくれていた稲田さんは、何とも言えない表情をしてる。
悲しそうな、ちょっと怒ってるような、困ってるような…複雑な顔。
そりゃこんな話聞かされても、何て言ったらいいか分かんないだろうし困るよね。
「私も同じことを夢見ていた時期があったから、稲田さんには諦めて欲しくなくて。私がどこまでアドバイスできるか分からないけど、頑張っていい人止まりから脱出しましょうね。」
なるべく笑顔で明るい声を出してみる。
暗い雰囲気は嫌。
あの頃を思い出した今は、特に。
「…あなたは、とても優しい人です。」
「え?」
何?突然。
「それを分かってくれる人が、絶対います。」
「…」
「…林朱音さん。あなたに1つお願いがあります。」
「は、はい…」
何でフルネーム?
というか、急に真顔でどうした?
「僕の次の恋が上手くいったら、あなたにも諦めないで欲しい。」
「え…」
「僕と同じ夢を持っていたあなたに、諦めて欲しくないんです。この気持ち、あなたなら分かるはずです。」
「でも私は…」
「あなたの為にも、僕は頑張ります。だから、諦めないで欲しいんです。」
諦めないで、か…
まさか自分が言った言葉がそのまま返ってくるなんて。
変な人。
自分が上手くいく事だけ考えてればいいのに。
…でも、きっとこういう人なんだろうな。
お互いを大切に思い合える人って。
この人に大切に思ってもらえる人は、きっと幸せだね。
「…じゃあ、稲田さんには私の分まで頑張ってもらわないと、ですね。」
「それって…はい、頑張ります。これからよろしくお願いしますね、林さん。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
今はまだ本当にそう思えてるわけじゃない。
でもあれ以来初めて、またそう思える日が来ればいいなって思えた。
それにしても、う~ん…
「稲田さん、1ついいですか?」
「はい。」
「”林さん”って止めません?私の方が年下だし、何かこう…違和感があるというか。」
「え。いやでも、どう呼べば…?」
「”林さん”以外で好きなようにどうぞ。」
「そう言われてもな…う~ん、じゃあ…………朱音さん?」
散々迷って”さん”付か。
でも稲田さんっぽい。
「呼び捨てじゃないんですね。」
「女性の名前を呼び捨てにしたことが無いので…」
確かに無さそう。
でも、2~3回会ったぐらいですぐに呼び捨てにする男よりよっぽど良い。
「では稲田さん。改善した方がいいかもって思った所を1ついいですか?」
「早速ありましたか…はい、どうぞ。」
「今日のお昼にやり取りをしていた時に思ったんですけど、相手に合わせようとし過ぎです。」
「なるほど…?」
忙しいなら別の日にするかと聞いたのに、どちらがいいかこちらに聞かれても彼の都合が分からないのだから決めようがない。
それに、相手が私だから良かったけど、もしも好きな相手だったらマイナスポイントだと思う。
「あの相手が好きな人だったとします。何かの都合で待ち合わせの時間に間に合わないとなった時、あれじゃ”あ、この人私に興味ないんだな”って思われてしまうかもしれません。」
「どうしてですか?」
「どちらがいいか相手に委ねるってことは、自分は今日だろうが別の日だろうがどっちでもいいって思えるでしょ?言い換えれば、どうでもいいってことになっちゃいます。」
「ええ!そんな意味になっちゃうんですか?」
多分、稲田さんとしては相手の都合を優先しようと思ってるんだろうけど。
「そうなのか…今までも相手の判断に任せていたかもしれません。その方がいいだろうと思って。」
「自分の都合ばかりでも駄目だけど、相手を気にし過ぎて自分の意見が無いのも駄目だと思います。」
「難しいですね…」
「そうですか?今日みたいなパターンなら”〇時になっちゃうけど、それでもいい?”って言えば良いだけだと思いますよ。それで無理ってなったら、また別の日に約束するんです。」
「なるほど。」
「これなら、相手さえ良ければ今日会いたいっていう自分の意見が入ってるし、相手も具体的な時間が入ることで判断しやすいと思いません?」
「確かにそうですね。」
小さく頷きながら納得してくれた様子で、少しホッとする。
「というわけで、早速練習してみましょうか。」
「練習ですか?」
「はい。この作戦の目的は、デートをすることで”いい人止まり”の原因を見つけて改善していくことなので、デートの予定を決めないと。」
「あ、そうか。そうでしたね。」
「はい。なのでここからは、稲田さんにお任せします。」
「え…わ、分かりました。じゃあ…」
あら。
ちょっと緊張させちゃった?
ガチガチなんだけど。
私相手にそんなに緊張しなくてもいいだろうに。
「えっと…朱音さんはいつが都合…」
「んん!」
咳払いをしながら顔を横に振って、そうじゃないと示す。
「あ、そうでした。う~ん…やっぱり難しいな………えっと、僕としては来週の土日がいいんですけど、どうですか…?」
これで合ってます?
そんな表情で尋ねてくる稲田さんの頭を、何だか無性に撫でたくなったのは何でだろう。
「朱音さん?」
「あ…えっと、来週の土日なら私も空いてるので、どちらでもいいですよ。」
「じゃあ……土曜日にしましょうか。」
「はい。」
少しホッとしたように微笑む稲田さんに、私まで自然と笑顔になっていた。
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