暗闇おばけ(3)

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暗闇おばけ(3)

 学校から家までの帰り道の途中に、いつもうみが立ち寄る小さな公園がある。滑り台にブランコにジャングルジム。大人二人座るのがやっとのベンチがひとつあるだけの小さな公園なのだが、周囲は大きな木や季節の花々で囲まれ、その場所だけ他から切り取られたかのような別世界に、どこか遠くまで来たような気がしてうみはとても気に入っていた。  とくにうみが気に入っていたのは春になると周囲の木にきれいな桜が咲き、風に煽られ、桜が舞うと小さな公園の切り取られた空間いっぱいに桜の花びらがひらひらと泳ぎ出すのだった。その空間の中心に立つと、うみはいつもあの一度だけ見た海の中の世界を思い出すことができた。  大きなスクリーンのような海との境界を通り抜け、まるでうみの周りをたくさんの魚たちが泳いでいるかのようにひらひらと舞い、時々うみに寄り添うようにそっと落ちてくるのだった。   いつもより少し早い時間の公園には、うみ以外にまだ人の姿はなく、夏を迎えたセミたちがそれを世界に知らせるように精一杯に鳴いていた。いつもぽつんとあるベンチはちょうど大きな木の影に入っている。うみはそこへ腰かけると真っ赤なランドセルから、いつも持ち歩いているノート(表紙にパンダの親子のイラストが描かれていて、その上に自由帳と書いてある)と、いつも使っている色鉛筆のケースを取り出して、ノートの角を折っておいたページを両手で丁寧にひらいた。  車の絵が途中まで描いてある。  車の中には三つの顔があり、それぞれの頭の上に、「おとうさん」「うみ」「おかあさん」と書いてある。ページの端には「月」と「日」とが少し距離をとって書いてあるが、日付の数字はまだ書かれていなかった。  黒色の色鉛筆を手に取ると、うみは車のタイヤの部分を黒で塗りつぶし始めた。黒で縁取られた円の中がほとんど真っ黒になったところで、突然うみは自分の心臓の鼓動が早くなっていくのを感じた。まるで耳元で心臓が鳴っているかのように、だく、だく、と一定のリズムをとって聞こえる音に、自分のものではないような気がして、うみは紛らわすように息を大きく吸い込んだ。  ふいにさっき教室で見た夢の感覚を思い出し、怖くなって絵日記に目を落とすと、黒く塗りつぶされたタイヤの輪郭がぼやけてゆらゆらと動いているように見えた。  うみもっと夢をみせて──。  囁くような声が聞こえたかと思った瞬間、さっきまで聞こえていたセミの鳴き声や風の音。街の喧騒はいっさいなくなって、うみはほんとうに別の世界に行ってしまったのではないかと思い、怖くなって両目をぎゅっとかたく閉じた。外の光を遮って暗闇の奥から二つのぎょろりろした目がうみをじっと見つめている。 「うみちゃん!」  驚いて目を開けると、なくなっていた音がいっせいに戻って、うみの目の前にはかおるが立っていた。 「うみちゃん何回も呼んだのに、返事ないし目つむったまま動かないから心配したよ」  うみはかおるが目の前にいるのをまだ信じられないまま周りを見渡すと、いつもの公園の景色に少し安堵してもう一度かおるの方へと向き直った。 「あれ、かおるちゃん……。家こっちだっけ?」  うみはもう一度確かめるように周りを見渡した。 「この道まっすぐ行ったところに最近パン屋さんができたでしょ。そこのパン、ママ好きだからおつかいに行ってたの」  かおるはうみの隣に座ると、手にしていた袋を開け丸いパンをひとつ取り出した。
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