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ひとりの時間色鉛筆(1)
「お日様は、リンゴとおんなじ赤」
「お空はチョコミントとおんなじ青」
「山はえっと……ピーマンとおんなじ緑」
「ピーマンは嫌いだからやっぱりスイカの……皮のところ」
そう呟きながら磯島うみは、家のリビングのソファに寝そべって両足をパタパタさせながら、赤い色鉛筆で描かれた円の中を力いっぱいリンゴと同じ色に変えていくと、緑の色鉛筆に持ち替えてスイカの皮のところに取り掛かった。
ついさっきまで、うみと同じ年くらいの子ども達の笑い声や、叫ぶように誰かの名前を呼ぶ声たちが窓の外を何度も通り過ぎていたのに、いつの間にかそれらはなくなって、かわりに昼間の日差しが残した夏の香りを夜の風が家の中へと運び込んでくる。
時々遠くで聞こえるパトカーなのか救急車なのか、うみにはまだ区別のつかないサイレンの音で、色鉛筆を持つうみの小さな手に少しだけ力が入る。
くきぃ、と小動物の鳴き声のような音が自分のお腹から聞こえて、うみは少しびくっとなった。ほかに誰もいない家の中でなぜか恥ずかしくなると、軽くクスッと笑ってお腹が減っていたことを思い出した。
海の色は何と同じ色だろうと考えていたところで手を止めて、うみは冷蔵庫の横にある戸棚に向かって歩き出した。背伸びをしてやっと手が届く戸棚に手を伸ばす。
そこにはいつもと同じ貼り紙がしてある。
『お腹が減ったら食べていいけど食べすぎ注意』
「何回も言わなくてもわかってるから」うみは戸棚に向かってそう言うと、中からクッキーの入った缶を取り出して、両手で抱えながら食卓へ持って行く。椅子に登って食卓にクッキーの缶を置くとそこにも貼り紙。「はーい」今度は食卓に向かってそう言うと、缶の蓋を開けて中を覗き込む。
いくつかある種類の中からチョコレートのたくさん付いたものをひとつ取り出した。口の中を甘い香りでいっぱいにして、うみはさっきまでの絵日記の続きを思い出していた。
海の色は何とおんなじ色だろう──。
「うみの名前はね、海からもらった名前なのよ。そう、青くてきれいでどこまでも続く海」
そう教えてくれたのはうみの母親の照美で、海にはまだ幼稚園の頃に一度だけ両親に連れられて行ったことがあった。移動中の車の中でうみはずっと寝ていたので、そこが家から近いのか、それともどれくらい遠いのかも分からなかった。
少し開いた窓の隙間から車内に入り込む潮の香りで目が覚めて、窓の外に限りなく広がる青い世界にうみは一瞬にしてくぎ付けになった。
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