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ふわふわたまご チキンライス(2)
うみはひとり公園のベンチに座って、膝の上に置かれた両手にはかおるからもらったパンを握りしめていた。食べなきゃ、と思っているのだけれど思うように腕が上がらない。セミの声も、風の音も聞こえない。うみの目線の先、ちょうど滑り台の真下あたりに何やらもぞもぞと動くものが見える。
──犬? 何かの動物……。
うみは立ち上がろうとしたが足も思うように動かない。そればかりか体全体が固まって重くなってしまったかのようにずしりと体に圧力を感じると、体が少しづつ地面に沈み込んでいく。座っていたベンチもうみが沈み込んでいくのにあわせてぐにゃりと曲がり、うみを足の先から飲み込んでいく。
「たすけ……」
声を出そうとしてみても、それもどこかへ飲み込まれてしまったかのように途中で消えてしまう。必死に叫んでみても、自分の声すら聞こえない。少しずつ息苦しくなって、気が付くとうみの体は地面に溶け込むようにゆっくりと無くなっていった。
地面が首のあたりまで迫ってきたところで、さっき見た滑り台の下でもぞもぞと動いていたものがうみの方へ近づいてくるのが見えた。その時だった。突然目の前に真っ黒な何かが上から降ってきた。
「うみ…だめだよ。こんな夢じゃない」
うみは動かない体で必死に声のする方へ目線を上げると、真っ黒で霧のような暗闇の塊の中にぎょろりとした大きな目がうみを見下ろしていた。怖くて叫ぼうとしたがやっぱり声が出ない。
「そうか。ちょっと待ってて」
落ち着いた声でそう言うと、暗闇のかたまりは大きな目をさらに大きく見開いて、ぶるっと身震いのような動きを見せた。首まで沈んでいた体が少しづずつ上りはじめ、手足の感覚が僅かに戻ってくると、体からも少しずつ重さが消えていく。
うみはさっきまで海に潜っていたかのように大きく息を吸い込んで、一気に声と一緒に吐き出した。
「あっちに行って!」
急に大きな声を出したうみにびっくりしたのか、暗闇のかたまりはインクが飛び散るように空気中にへ広がると、またすぐに元の形に留まった。
「来ないで! 来ないで! 来ないで!」
再び大きな声を出すうみに、暗闇のかたまりは先ほどではなかったが、少し広がってまた元の形にゆらゆらと留まった。
「ちょっ、ちょっと待って」
暗闇のかたまりはふわりと後ろに下がると、その姿になんとなく見覚えがあった。
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