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ふわふわたまご チキンライス(4)
「うみ起きなさい!」
照美の声がしてうみは目を開けると、目の前が真っ暗で何も見えないことに驚いて慌てて体を起こした。顔に被せていたノートが床に落ちて、車の絵のページに描かれた三人の顔がニコニコとこちらを見つめている。
うみはリビングにある壁掛けの時計に目をやると、ちょうど短い針が「9」のところを指していた。
「いつから寝てたの! オムライス食べてないじゃない!」
問いかけるというよりは言い放つ様に、照美の機嫌が良くないのがうみにはすぐに分かった。照美は食卓の椅子に鞄を放り投げるように置くと、両手を腰にあてたまま大きく息を吸って、吸うよりも短い時間で一気に吐き出した。
「ごめんなさい。知らないうちに寝ちゃってて。でも、すごく怖い夢見てたの。公園に真っ黒なおばけがでてね、それからえっと…。あれ…、どんなだっけ。でも……」
照美はもう一度大きく息を吐くと、先ほどよりは幾分か落ち着いた声で、「もういい」とだけ言うと、冷蔵庫の中から乱暴にオムライスを取り出した。放り込むように電子レンジの中へ入れ、両手を腰にあてたまま中でゆっくり回るオムライスを無言でじっと見つめている。
うみは落としたノートを拾い上げて、ソファのわきに置いてあったランドセルにしまい込むと、さっき見た夢を必死に思い出そうとした。真っ黒なおばけと公園。ところどころは思い出せても、内容までは思い出せなかった。消しゴムで荒く消したみたいに断片的な記憶の中に、かおるにもらったクリームパンと「うみの世界」という言葉がじわりと体に染み込んでいく感覚は僅かに残っていた。
電子レンジの拍子抜けした音がオムライスのケチャップの香りをうみのところまで運んでくると、うみのお腹もそれに応えて「くきぃ」と鳴った。食卓に照美と向かい合うようにして座り、うみは両手を合わせて「いただきます」と小さく声に出す。スプーンいっぱいのチキンライスを口に運びながら、うみはちらちらを上目使いに照美の様子を窺っている。
陸雄を事故で失って、その一か月後に祖母も病院のベッドで息を引き取ってから、照美はほとんど笑わなくなった。最初こそ元気に振舞ってはいたものの、それはいつかを境に苛立ちへと変わっていった。うみは周りの環境の急激な変化についていけず、いつしか変化の妨げにならないようにと慎重に過ごすようになった。母親の照美と話すときでさえ、うみはひとつひとつ慎重に言葉を選ぶようになっていった。
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