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暗闇おばけ(2)
うみは家のリビングに立っていた。
「お父さん!」
「お母さん!」
そう呼んでみても家の中はしんと静まり、だれの気配も感じさせなかった。
うみは家の中にいるはずなのに、そこが全く別の世界にいるような気がして家の中に異様な雰囲気を感じた。うみはリビングの窓へ近づくと、そこに外の景色はなく、家の中は明るいのに窓を境界にして外はいっさいの暗闇だった。
慌ててうみは隣の寝室へ行き窓を勢いよく開けたが、そこにもただ暗闇が広がっているだけで、まるで大きな箱の中に家ごと閉じ込められたかのように静かで、何もなかった。
うみは怖くなって家の中を振り返ると、さっきまではっきりと見えていた家の中が、色が抜け落ちたみたいに白と黒の世界に変わっていった。泣きたくなるのを堪えながら玄関に向かって走り出し、ドアノブに手を掛けようとすると、玄関のドアがどんどん遠ざかっていく。必死に走って追いかけようとしても、足が思うように動かなくなって近づくことができない。
「お願い。待って!」
すると、うみの声に反応したのかドアはぴたりと遠ざかるのをやめ、うみが来るのを待つようにじっとしている。うみはゆっくりとドアノブに手を掛けると、勢いよくドアを開けた。
──何もない。
玄関の外も真っ黒に覆われて、地面すら見あたらなかった。うみはドアノブを握りしめたまま、茫然と暗闇の先を見つめていると、不意に後ろから声がした。
「うみ……」
うみは下唇をぎゅっと噛むと、ゆっくりと振り返った。
「うみ…。もっと見せてよ」
ぎょろりとした二つの大きな目に、真っ黒な姿をしたそれは、暗闇がそのまま形になったように輪郭はぼやけ、首から下はすっぽりと黒いマントのような物で覆われている。
まるでてるてる坊主のような容姿をしていた。
「おばけ!」
うみは驚いて後ずさると、地面のない暗闇の中に吸い込まれるように落ちていった。
がたんっ。大きな音が鳴って顔を上げると、うみは自分が机を蹴飛ばしていたことに気が付いた。
「磯島さん。夏休みは明日からよ。お昼寝はまだ我慢して最後まで集中してね」
担任の戸辺先生がうみに向かってそう言うと、何人かの笑い声がした。
「うみちゃんこわい夢でも見たの? すごく飛び上がってたから、こっちまでびっくりしちゃった」
すぐ後ろの席でかおるが声を潜めて話しかけてきた。
「すごくこわい夢みてた。なんか、あれ…。どんなだっけ? 忘れちゃった。けどすごくこわかった」
うみはさっき見た夢を思い出そうとしたが、うまく思い出す事が出来なかった。たくさんの水で薄められた絵の具をさらに薄く引き伸ばしたようにぼんやりとして、ただそれでも、家に一人でいる時に似た寂しくてこのままずっとひとりなのではないかと思う感覚だけは、はっきりと輪郭を残していた。
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