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暗闇おばけ(4)
袋の中から焼きたての甘い香りがして、その香りにしばらくうっとりしながらうみはパンに視線を落とすと、かおるがパンを丁寧に半分にちぎろうとしているところだった。かおるの指に力が入るたびに真っ白で細い指がパンの表面にそっと沈み込み、それだけでふわふわと柔らかいのが分かる。
「うわぁ、すっごくおいしそう。雲をちぎってるいたいだね」
「中にね、あまいクリームがはいっててね。これがいちばん好きなの」
クリームをこぼさないように丁寧にパンをちぎり終えると、かおるは半分をうみに差し出した。
「もらっていいの?」
「これはわたしの分だから。ママのは残してあるからだいじょうぶ」
うみは礼を言うとかおると同じようにやさしく両手でパンを持ち、それを空に向けて持ち上げてみせた。
「雲も甘くておいしそうだね」
かおるは「そうだね」と言ってうみと同じようにパンを持ち上げた。うみは何か言おうとしてかおるを見たのだったが、そこに違和感を覚えて自分が何を言おうとしていたのか忘れてしまった。
夏の日差しに照らされて、透き通るようなかおるの指先から真っ白な細い腕が伸びて、ちょうど肩のあたり。Tシャツの袖が少しめくれたところに、真っ白なかおるの肌には似つかわしくない、色を何度も塗り重ねたような青黒い痣があった。
うみの視線に気が付くと、かおるは上げていた腕を降ろして持っていたパンを一口齧った。咄嗟にうみも同じように真似をしてパンを一口齧ると、口の中にクリームの甘い香りが広がっていく。うみはかおるに、「おいしいね」と伝えようとしたかったのだが、パンと一緒に言葉も飲み込んでしまった。
いつの間にか公園には、犬を連れたおじいさんが散歩にきていた。何の種類の犬なのかうみには分からなかったが、大きな体でゆっくりとおじいさんの隣を歩く姿はまるでおじいさんを守っているかのように見えた。
犬はおじいさんの歩幅に合わせてゆっくりと歩き、おじいさんが立ち止まると犬も歩くのをやめた。そして様子を窺うようにしておじいさんの顔を見上げている。
「ねえ。うみちゃん夏休みときどき遊びにきてもいい?」
かおるの言葉に振り向くとすでにパンは食べ終わって、かおるも犬を連れたおじいさんの方を見ていた。
きちんと整ったTシャツの袖からは、いつもの白くて細いかおるの腕が伸びて、パンの入った袋を大事そうに抱えている。あの白い腕の先に見たものは何かの見間違いだったのかもしれない。うみはそう思うようにすると、「うん。遊ぼう!」と言って立ち上がった。おじいさんの隣にいる大きな犬が訝しむようにじっとこちらを見つめている。
うみは夏休みの間、時々この公園で会うことを約束すると、「焼きたてのうちに持って帰らなきゃ」と言って公園を後にするかおるを見送った。
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