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月に一度、僕は彼女に逢う。
この見晴らしのいい丘の上で。
桜が満開で暖かな日が続くときも、異常気象じゃないかと思うほど暑い真夏日、寒い真冬日でも、木枯らしが吹きざわめき木々が寒そうにしていても必ず毎月来てくれる。手には必ずいつも同じ花束を手にして。彼女のたわいもない話に僕は耳を傾けて微笑んでいる。
けどその姿は彼女に見えない。
だって僕は、幽霊だから。
僕が死んだのはいつのことだったか忘れてしまうほど長い月日が経ったように感じる、墓石には祖母の横に僕の名前。なんて親不孝な息子なんだろうか。そんな息子に失望したのか、ただ現実を受け入れられないのか母親は法事の時にしか来ない。彼女は忘れずに月命日に紫苑の花を持ってやってくるのに。
僕のことなど早く忘れて欲しいのに、バカな女。
そんなに僕はいい男だったのか?
この間僕の三回忌が行われた。そこから逆算するに2年前の春に僕は彼女の横に居られなくなったことになる。大学4年生の長い春休みに入った僕はとある商社に就職が決まっていて、残された学生生活を謳歌していた。これから働かなくてはいけなくなるその前にと僕は一人でいろんな所を旅していた。その時に不運にも事故に巻き込まれてこの世を去ってしまったというわけだ。まぁ僕自身、事故に巻き込まれた時の記憶が全くないものだからその時の痛みや悲しみという感情は何もなくて気がついたらここにいた。そんな感じだものだから少しの間自分が幽霊なんだということに気づかなかったくらい。
忙しく働く人の2年と、何もしない僕とでは流れている時間が違うように感じる。彼女には今どんな時間が流れているのだろうか。本当ならば一緒に歩んだ道を僕は彼女から紡ぎ出される言葉でしか感じることができない。
ただそれは、彼女の感じたことで僕の感じたことではない。それはひどくもどかしいもので、時に人生は残酷だなどと思ってしまうものだ。
久しぶりに顔を見せたあいつはなんだか大人びて見えて、いやアホなことばかりやっていた大学生活はとうに過ぎ去り社会人として立派に働いているのだから当たり前だろう。親や親戚は場所を移動したのかそこには俺とあいつだけで強く風が吹いて桜が散った。
「今年は、葉桜になるのが早そうだな」
いつものように独り言のように声をかける。返事が返ってこないことは百も承知だが、癖になってしまったのをやめるには僕には時間が有り余っている。
「そうだな」
桜の木を見つめながら呟いたあいつに会話が噛み合ったことに疑問を感じる。今あいつは返事をしたのか、僕にか?いやそんな訳ないあいつにそんな能力があるなんて聞いたこともなければ聞かされたこともない。
でももしかしたらと、もう一度呟いてみた。
「お前、見える奴だったのか」
「そんなことあるわけないだろ。世界は発達してんだよ」
そう言って手に持っている塊のようなものを僕に見せた。僕の知識は2年前で止まっていて幽霊になった今、知識を増やすことは出来ないようだ。それがどういうものなのかが視覚で捉えることはできずそこに何かがあるということしか理解ができなかった。
「で、それを持っていると幽霊と会話できるわけ?」
まぁ、簡単にいうとそうだな。としれっと言うと、僕の目をしっかりと見つめた。幽霊になってから人の目で見つめられた事などなかったから久しぶりに映る瞳は真っ黒で懐かしいなという感触とともに心が透き通ったようにも思えた。
「よぉ、元気にしてたか?」
まるで久しぶりの再会を祝うかのようにニヤリと笑って見せたあいつに僕は呆れたように笑ってから答える。
「幽霊に元気かと聞くお前の頭をのぞいてみたいよ。」
「確かにそうだ。聞いた俺がアホだな」
学生時代の時と変わらずにやりとりをする俺たちはお互いに視線を合わせて笑いあった。ちょっと歩こうぜと言って桜の木を指差した。おうと返事をしてあいつの横に並んで動く僕にあいつは足あるんだなとポツリとつぶやいた。ほんと、お前は成長しないなと言って昔の癖であいつの頭を叩いたけれど僕の手はあいつに当たることなく空を切っただけだった。
ーーーー僕はもういないんだ。そう思い知らされた。
(紫苑の花言葉は)(あなたを忘れない)
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