1 懐かしい夢

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1 懐かしい夢

「ねぇ。源氏物語に出てくる女君の中でさぁ、誰が一番好き?」 目をキラキラさせて、我が文芸部の夢見る少女、ちいちゃんが、みんなに聞いてくる。 「そうだなぁ。夕顔? かわいらしいよね?  あっという間に死んじゃうけど。 姫ーって感じじゃないのもいいなぁ。」 文芸部より、どこか運動部に入った方がよかったんじゃないかなって印象のショートカットのゆいさんが、持ってるシャーペンを指でくるくるさせながら言う。 「私は朝顔の君……。 唯一、光源氏に最後までなびかなかった人だから。」 いつも控えめで、それでいて強い意志を感じさせる目を持つまいちゃんが続けた。 「私はやっぱり紫の上だなー。 なんだかんだ言ったって、いっちばーん、愛されてるもん。」 ちいちゃんが笑顔で主張する。 「でも、あんまり幸せじゃなさそうだったけど。」 つい、ぽろっと私は口を滑らせた。 「えー! 若菜、ひどーい!!  そういう若菜は誰がいいのよ?」 ちいちゃんに抗議されながら、私はんーっと考える。 「……朧月夜(おぼろづきよ)……かな。」 答えた私の言葉に、三人が目を見開く。 「意外ー!!」 ちいちゃんがまず叫んだ。 「確かに。若菜のキャラとあんまかぶんないね。」 ゆいさんも続く。 まいちゃんは、ちょっと眉を(ひそ)めた表情でだんまりだ。 ……まいちゃん……朧月夜が一番嫌いなのかも。 「華やかな美人さんなのかもしれないけどさー。 帝にも源氏にもって、二股かけてるような女じゃん、言ってみれば。」 ちいちゃんが身もふたもない言い方をしてくる。 まいちゃんが黙って頷く。 源氏になびかなかったから朝顔の君がいいって言うくらいだから、まいちゃんはきっと二股なんて許せないんだろう。 「……クソ真面目な若菜がねぇ……。」 ゆいさんが呟く。 私、そんなにクソ真面目かな。 「ねぇ。何で朧月夜なの?」 ちいちゃんが私との間の机に手をついて、身を乗り出すようにして聞いてくる。 「んー。だってさ……。」
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