第二章 騎士祭までに噂なんて吹き飛ばしちゃえ!

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 ホテルを出てから馬車に乗ってジョセフィーヌ領第三都市モルドレッドへと逃亡を始めた。  モルドレッドも都市の名を持っているので、ラングレスとほぼ同格の街だ。  海が近い街であり、水路があたり一帯張り巡らされているため水の都とも呼ばれている。  移動手段は主に小舟という変わった街だが、それゆえか造船や水産業に関しては他領の追随を許さず、この街がこの国の経済を握っていると言っても過言ではない。 「どうやら大ボスたちも緊急の集会を開くみたいです」  この街の高級ホテルで一泊している間に、ホークはここの組織のメンバーと会って情報を交換したようで、わたしの部屋に入って定時連絡を伝えてくれた。 「それはいつごろ?」 「明日の六の鐘が鳴る前だそうです」  どうやら夕方から夜にかけての間で集まるようだ。  このクラリスと同じように権力を持った組織のトップたちが集まるらしい。  まだ時間もあるので情報を集める時間はある。  その間にクラリスの手下たちが何人も訪れてわたしの無事を祈っていた。  やっと一段落してから、肩に乗っているクロート猫に尋ねた。 「クロート、今の段階でわかる情報を教えてください」 「こちらはリムミントと弟、そしてわたしの三班で動いており、潜入は成功しております。今日集会に集まるのは、麻薬、人身売買、暗殺、密造密輸、金貸しの五大組織だそうです。姫さまが擬態しているのは麻薬の組織です」  予想以上に犯罪組織は細かく領域を分けているようだ。  今回の集会でこの商人たちを抑えれば、完全に元を絶てるはずだ。  これ以上わたしの領土に膿はいらない。 「ヨハネはここに来る可能性はありますか?」 「……いいえ、おそらく来ないでしょう。それどころかもう完全に見限っている可能性もあります。そうなると彼女が証拠を残すようなへまをやらかさない限り、今回の件についての関係性については無関係と結論付けるしかありません」 「あの襲ってきた貴族たちは捕まえられませんでしたの?」 「誠に遺憾ながら」  セルランとクロート二人を相手に互角以上の戦いをした謎の貴族が何かしら妨害をしたのだろう。  だがセルランとやり合うことができる騎士なんて、王国の騎士団長しかいないという噂だ。  だが騎士団長はもっと身長が高く、一目で分かるほどの筋肉体質だ。  今回現れた敵はどちらかというと老齢さを感じさせる声であり、鍛えられているが普通の騎士と変わらない体だった。 「あのような敵なら仕方がありません。今回の集会で情報を集めましょう。時間もあるようなので、他の組織の視察でもしてきます」 「いえ、姫さまはここに残ってください」  せっかくわたしが今の状態を活かして役に立とうとしているのに止められるのは不満だ。  わたしは少し不機嫌気味に答えた。 「いいではありませんか。もし万が一があっても、魔法でどうにかします。クロートとアリアが教えてくれた魔法操作のおかげでーー」 「絶対にダメです!」  クロートが耳元で怒鳴るので耳がキーンとなった。  まさかこれほど怒られるとは思ってもおらず呆けてしまった。 「これ以上は姫さまの精神を著しく汚染するような内容です。まだ貴女が見ていいものではありません」  クロートの言葉に胸が締め付けられる。  これまでそうやって目を背けてきたからこのような事態になったのはないか。  どうやらわたしが見ているものはまだ一部分のようだ。 「クロート、貴方の言葉は分かります。ですが…それはできません」  わたしはクロート猫を手で拾い上げてベッドの足に格子の魔法で縛り上げた。 「な、何をしているのですか!」  クロートはわたしを止めるため声を上げて、必死に束縛から解放されようと暴れた。  しかしそんなことで解かれることはない。 「わたしはわたしのすべきことをやります。ごめんなさい」  クロートが何か言う前に部屋の外に出てホークに命令した。  この街にある犯罪組織の各店舗に突然の訪問を要求した。  馬車で進みながら、ホークは苦笑気味だ。 「ボス、視察で今日行くっていったら、どこの店も顔を青くして急いで準備するって言ってましたよ」 「やっぱり突然の訪問はまずかったかしら?」 「いやいや、ただいつものように勝手に好きなものを持っていくボスが来るから、重要な商品は隠すつもりなんでしょう。まあ、俺もちょうど良かったですけどね」  そう言って後ろに付いてくる馬車を見ながら答えた。  どうやらひと仕事を終えて、商品を持っていく用事があったようだ。  ホークはなんだかんだわがままなクラリスに付き従って補佐をするので、抜けているとこも多いがかなり有能だ。 「働き者ね。ホークって、この組織にいる割にはあまりすれていないよね」 「へへ、そうっすかね。そう言われるともっと頑張りたくなりますね」  無邪気なその笑顔はまるで小さな子供だ。  どことなくヴェルダンディと似ている気がしなくもない。  まずは麻薬と金貸しのお店に行った。  どちらも普通の平民の商店という感じで、外からは全く怪しさがない。  ただし、店内では来ている客全てが後ろめたさを持った雰囲気を持っており、それを笑顔で見送る店員たちには嫌悪感があった。  しかしこれくらいなら特に問題なかった。  密造に関しても武器や違法酒くらいなので、特に精神がおかしくなることはなく、暗殺に関してはお店自体ない。  だが最期の人身売買だけはわたしの心を大きく揺れ動かすのだった。 「ここが最後ですね。ちょっと先に行ってもらってていいですかね? 案内人は付けてくれるみたいなので」 「ホークは行かないの?」 「行きますけど、まずは後ろの荷物を届けてきます」 「そうなのね。少し寂しいけど、あまり無茶をしないようにね」  数日間とはいえ一緒に旅をした仲のため、多少の信頼感があった。  もしこの組織を支配したら、この青年だけでも普通の生活に戻してあげたいくらいには情がある。 「クラリスさまにそう言ってもらえるとは嬉しいものだな、ホーク」  お店から出てきた、右目に傷のある中年の男がこちらをからかうように言う。  ホークいわく、この店の支配人のようだ。 「だけど最近は呼んでくれないんですよね。まあ毎日は流石にきつかったけど、ゼロになるのもこれはこれで」 「お前の汚い話はもういい。早く行ってこい」  支配人はまるで聞き飽きたかのように手を振ってホークを追い払った。  よく話の内容は分からなかったが、ホークはなかなか顔が広いようだ。  わたしは普通の服屋に入った。  しかし、奥に行くと隠し階段があり、石畳で出来た道が続いていた。  そこには檻に大量の人間が捕まっていた。 「こ、これは……?」  全員が薄い布一枚着ているだけで、わたしが知る田舎の平民ですらもっとしっかりした服を着ている。  もちろん、檻によって着ている服が違かったりするが、それはおそらく価値が高い人間だからだろう。  どの人も生気がなく、痛々しい傷があるものも多かった。 「おい、そこの檻のやつ大丈夫か?」 「いやダメだ、もう死んでる。病気が移る前に出すぞ」  離れたところでそんな声が聞こえ、わたしは見なければいいのに、どうしてか顔を向けてしまった。
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