第二章 騎士祭までに噂なんて吹き飛ばしちゃえ!

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 ホテルへと戻ってわたしはすぐにクロート猫の束縛を解いた。  自由が戻ったことでクロート猫も動き出して、わたしの正面へとやってきた。 「そのお顔を見る限り、言った通りになったようですね」 「教えてクロート、あのようなことはどこの領地でも起きているの?」 「起きてはいますが、最近特に行われているのはジョセフィーヌ領でしょう。上位領地がない領土なので魔力不足はどこでも起きています」  わたしは魔力不足の弊害を甘く見ていた。  貴族同士の縁談くらいしか深く考えていなかったが、人を人だと思わない所業がこれほど気分を害するものとは知らなかった。 「姫さま、明日は集会があります。そこで、作戦が完遂します。何か要望はありますか?」  今日のことを思い返した。  ホークの無邪気な毒のない顔も。  だがもうどうでもいい。  わたしは冷たい顔をしていただろう。 「ありません。完全に潰してください」  これが成長なのだろうか。  さっきまでの頭のモヤモヤが薄れてきて、やるべきことがはっきりと見えてきた。  しかし、どこか苛立つ感情も一緒にやってきている。  次の日になり、集会の会場となっている大店で犯罪組織の中枢である五人が集まった。  円卓を囲い、誰もが醜い豚のように肥えていた。 「おい、クラリス。でめえのせいで貴族どもの目がきつくなっているじゃないか!」  わたしが最後に遅れてきて、椅子に座って怒鳴られた。  すかさずわたしは睨み返して言葉を返す。 「何を喚いていますの? 今更そんなつまらないことを言うために会議を開きましたの?」 「なんだと!?」 「ちょっと、ボス! あまりこの方たちを怒らせないでくださいって言ってるじゃないですか! みなさま、本当に申し訳ございません!」  わたしの物言いにカチンと来たのか男は立ち上がった。  ホークがすかさず謝罪を述べたことで一応は静まった。 「それでどうする? 暗殺の仕事は場所を選ばないが、さすがに些細な情報も貴族に届くようになっているのはまずい」 「元々はあいつが我々を脅して来なければ……、お前ら暗殺家業でも貴族たちの正体はわからないのだろう?」 「あいにくと。魔法が使えるだけで貴族ではない可能性すらあるがね」 「魔法を使える平民なんて聞いたことがない。貴族しかありえないだろう」  セルランとクロート相手に互角の戦いをしていた男の正体については誰もわからないようだ。  突然現れて、犯罪組織全体に脅しをかけたことでジョセフィーヌ領に病原菌を持ち込んだ。 「ここの領土の人間は善良すぎて扱いやすかったんだがな。シルヴィとかいう、当主さまのおかげで十分稼げた。無能な統治者なら犯罪もし放題ってことだ。もう少し時期を鑑みれば、もっといい収益も出せることがわかっただけでも収穫があった」 「確かにな、こちらも撤退をどんどん進めているから、数年明けてからまた戻ってこよう」 「そういえば麻薬を少し分けてくれないか? 大口の依頼があってなーー」 「ふふふ……」 「ボス……?」  わたしはたまらず笑いが出てしまった。  逃げ切れると思っているその浅ましい考えに笑いを止められようか。  これほど平民は愚かなのだろうか。 「もういい加減いいかしらね」  わたしの言葉の意味がわからない者たちはわたしをジッと見る。  だがその意味はすぐにわかることになった。  部屋の入り口が吹き飛ばされた。  大勢の騎士とセルラン、ステラがやってきた。 「お、おいどういうことだ!」 「誰が貴族を呼んだ!」  犯罪組織の長という者が恥ずかしげもなく喚いて現状を理解できない。  それぞれの長を守る護衛も為すすべもなく切り裂かれていく。  長を除いて無事なのはわたしの近くにいたホークだけだった。 「ボス、これはやばいですよ!」 「何がやばいの?」  わたしは戻れっと言葉を口にすると元の姿に戻った。  蒼の髪を見た長たちはわたしを驚愕の目で見ていた。 「ま、マリア・ジョセフィーヌ!?」 「クラリスに化けていただと!? 謀ったな!」  どうやら平民でも裏の世界のトップであれば、わたしの髪色には覚えがあるようで一様に怯えた顔を見せてくれた。  そしてホークもそんなわたしの姿に同じく驚いていた。 「ぼ、ボスじゃない?」 「ええそうよ。あの襲撃の日からずっとわたしが成り代わっていたの」  わたしを怯えた表情で見ながら、ホークは前のような無邪気な表情を作ってこう言った。 「お、俺は殺さないですよね?」  その瞬間、わたしは怒りに火が付いた。  わたしの領民を捕まえて売り飛ばしたこの男が、少しでもヴェルダンディと似ていると思ったこの男に憎悪が止まらない。  ホークはわたしの手を握ろうとしてくるが、セルランに目で合図した。  すかさずセルランはホークを背負い投げて壁まで吹き飛ばした。  セルランの筋力で吹き飛ばされれば骨が何本か折れているだろう。  吐血して荒い呼吸を繰り返していた。 「それはあの売られていった子たちが言ったことではありませんか?」  わたしはもうそれ以上はホークに目を向けない。  もう彼のことを気にする必要もない。  彼もこの組織で腐った人間なのだから。  騎士たちが長たちを格子の魔法で椅子に縛り付けてくれている。  もう逃げ場もなく、こちらの有利にことを運ぶだけだ。  わたしはゆっくり席に座り直した。  リムミント、アスカ、下僕もやってきてわたしの席の後ろに立った。 「さて、では商談といきましょう」  上に立つ者として一切の隙を見せてはいけない。  今のわたしの顔はみんなからどう見えているのだろうか。
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