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犯罪組織を追っていた件からもう十日も過ぎた。
犯罪組織のトップを秘密裏にわたしたちの息がかかった者に総入れ替えを行った。
これからはこの組織を逆に使う予定である。
裏を支配する者がいなくなれば、また別の誰かが同じことをする。
それならばもうこちらで管理していくのが望ましい。
裏の権力を残したまま、悪どい商人を取り締まるのだ。
わたしは定時報告で上がってくる報告書を読むのだった。
「そう、これで麻薬や密造に関してはすぐに無くせそうね」
麻薬や密造は特に領土へのダメージが大きい。
そのためこういったものは早めに潰さないといけない。
場所さえ分かれば一気に摘発できる。
「はい、しかしこのような物を作って何をしたいのか分かりませんね」
「下賎な輩の考えなど考えるだけ無駄でしょう」
わたしはそう言ってまた別の報告書を見た。
クロートから来ているカジノの件だ。
わたしが正式にその店へ行く日が書いてあり、今後の収益を上げるためにも参加しないといけない。
そこでリムミントがわたしを気遣い気に見ていた。
「どうかしましたか?」
「いえ、ただ少しばかり働きすぎではないですか?」
専用の部屋を作ってわたしはずっと報告書と事業計画書を見ながら、一日中過ごすことが多くなった。
まだまだ知らないことも多いので、知識を増やしながらできることを増やしている。
「この土地にいる間だけですよ、明日にはヨハネとアビ・ゴーステフラートが来るのでそれが終わってからまた王国院でゆっくりします」
「それならいいのですが……」
わたしがまた報告書に目を通していると外からセルランの声が聞こえてきた。
クロートがわたしへの面会を希望しているようなので許可を出した。
「姫さま、突然失礼しました」
「いいえ、貴方が急いでいるのだからヨハネの件でしょ? 明日の会談の前に領地を諦めてくれたのですか?」
「そうであれば楽ですが、そう相手もこちらの思惑通りには動いてくれません。緊急
で今日ヨハネ・フォアデルへがこの城へ帰郷なさるようです」
わたしは一気に頭が覚醒して椅子から飛び上がった。
わたしはヨハネのこういったこちらをおちょくるようなやり方が大嫌いなのだ。
明日会談なのだから明日来ればいいのにとこちらの考えなど知ってて、今日やってきたのだ。
あまりことを大きくしたくないので、シルヴィの部屋でヨハネをもてなすことになっている。
わたしはドレスに着替えて、すぐさま向かった。
「お父さま、ただいま参りました」
「おお、マリア! 急な呼び出し済まないな。最近頑張りすぎていると報告があるがどこか体をおかしくはしていないか?」
「大丈夫です。わたしはいつも通りです」
お父さまもわたしを気遣ってくれるが今は甘えている場合ではない。
「マリア、貴女の頑張りはわたくしも色々聞き及んでいますが背負い込んではいけませんよ」
「はい、お母さま」
お母さまもわたしを気遣ってくれているが、わたしはもうすぐやってくるヨハネのことで頭が一杯だ。
一体今日は何のために彼女が来たのかがわからない。
こちらにこれほど喧嘩を売っておきながら、まるで何もなかったことのように親族と会いたいなどと普通の精神をしている人間の言うことではない。
「ヨハネ・フォアデルへさまが参られました! シルヴィ・ジョセフィーヌ、入室の御許可をお願いします」
「許す」
部屋の扉を開けると一人の女性が立っていた。
フォアデルへ特有の染料で作られた漆黒のスレンダードレスを身に付けて、部屋を一回り見渡した。
その顔には余裕があり、ほとんど敵地に近いにも関わらず、さらには護衛騎士一人もいない状況で笑ってみせたのだ。
「突然の来訪にも関わらずわたしを歓迎してくれましてありがとうございます。シルヴィ・ジョセフィーヌの寛大さは水の神の懐を表す鏡のようです。元はこの地で過ごしていた者としては、出てから気付かされることの多さに見聞の狭さを直視させられます」
「うむ、今は領主の妻になった其方がまたここに戻ってくれるとは嬉しい限りだ。席に座りたまえ」
「お言葉に甘えさせていただきます」
ヨハネはゆっくり席に座った。
次々に料理が運ばれてきて、わたしたちは少し遅めの昼食を食べた。
重苦しい空気の中、全員が食べ終わってから最初にヨハネが口を開いた。
「久々にここの料理を食べましたわ。あちらは香辛料があまりないから、自然のままという料理が多いのですよ。マリアさまはかなりの美食家ですから、フォアデルへの素材とレシピについてお土産として持ってきましたの」
「わたしのためにわざわざありがとうございます。是非食べさせていただきます」
わたしはヨハネの言葉を社交辞令で返した。
それをヨハネは承知の上でわたしの顔を笑顔でジッと見ていた。
「何かわたしの顔に付いていますでしょうか?」
「前より可愛いお顔だと思って。でも無理はダメよ。隠しててもわかっちゃうからね」
ヨハネの言葉はコロコロと笑ってみせるが、何か得体が知れない。
「セルランもご主人様をしっかり守らないとダメよ」
「分かっております。たとえ千の魔が襲ってきたとしてもーー」
「違う違う、そんなことだともう手が届かなくなっちゃうよ?」
ヨハネの言葉がまるでセルランの首元にあるかのようにセルランの呼吸が一瞬止まった。
もし仮にセルランとヨハネが一騎打ちをすれば、百戦百勝するのはセルランであろう。
それなのにも関わらず、セルランは怯えているのだ。
「ヨハネさま、今日のセルランはただの付き人であります。それ以上はご容赦ください」
「そうね、パパ。いいえ、至らぬ配慮申し訳ございません、シルヴィ・ジョセフィーヌ」
ヨハネとセルランの父である騎士団長グレイルが口を挟んだおかげで、今日はセルランへ話が向くことはなかった。
ここでお父さまが本題を話し出した。
「それでゴーステフラートを手に入れて何をするつもりだ? 」
「何をするとは心外です。わたしは少しでもこの土地の魔力不足を解消するために、援助したにすぎません。それなのにいつのまにか王族も動き出していて、わたしも何が何だか」
ヨハネは頬に手を当ててまるで今起きていることはわたしには全く関係ありませんと態度で示している。
しかし、ヨハネがその程度の女なら誰もここまで警戒したりしない。
王族すら巻き込む彼女の策略があると考えなければならない。
「でもまさかマリアさまも領地を良くするために奮闘なさっていたなんてね。もしそういうことだったら、わたしはマリアさまに協力を要請すべきでしたわ。いっそのことわたしと二人で一緒に領地を発展させませんか?」
「ヨハネ・フォアデルへは勘違いされています。貴女はもうこの領土の人間ではありません。本来ゴーステフラートの件は過分な接触です。あなたが何もやらなければ、今回のような利権が絡み合うことはなかったのではないですか?」
わたしはヨハネのペースにはまらないように突っぱねた。
するとヨハネはわざとらしく目を潤して、両手で口元を覆った。
「そんな……、わたしはただ可愛い従姉妹のために頑張っただけなのに」
こんな茶番を付き合うつもりは毛頭ない。
「ヨハネ、シュティレンツにいるネツキとかいう男は貴女の汚点ね。あの男と貴女との関係は彼から自白されています。このことはシルヴィ・ゼヌニムから追って沙汰が下されるでしょう」
「あらあら、お恐いこと。でもわたしのところに国王から直々にこのようなお達しがありましたわよ?」
ヨハネは丸めた羊皮紙を侍従に持って来させた。
その内容に全員が驚き固まってしまった。
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