第二章 騎士祭までに噂なんて吹き飛ばしちゃえ!

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 わたしはその羊皮紙の内容が信じられなくて、手にとって何度も目を走らせた。 「どうして、国王がネツキを庇うの? シルヴィに対して不敬な発言をしたこの男を守って何になるのよ! 」  羊皮紙には、ネツキの処遇は王族が決めると書いてあり、どのような尋問も体罰も禁止であり、王族の預かりとなることが書かれていた。  今回の件でジョセフィーヌが動くことを封じることも色々書いてある。 「落ち着いてくださいマリアさま」 「でも……、あなたを殺そうとしたこの男を何も裁くことができないなんて」  わたしはその羊皮紙を力無く机の上に戻した。  国王が決めたのならほかのシルヴィも同意するはず。  それならばお父さまが一人反対しても意味がない。 「あらあら、少しは変わったと聞いたのにまだまだね。この場に出てくるくらいだから少しは楽しみにしてましたのに」  ヨハネはクスクスと笑っていた。  わたしを馬鹿にした目に苛立ちがある。  せっかくわたしは交渉を上手く進める人質がいたのに、ヨハネはすでに対処して退けた。  だがまだ犯罪組織がある。  これもいつかヨハネとの裏を調べ尽くしてみせる。 「そういえばパラストカーティの奇跡ってどのような出来事でしたの? 噂でしか聞いてないから本人の口から知りたかったですの」 「それに関しては、五大貴族の会議で経過を報告することになっている。嫁いでしまったヨハネに教えることはできない」  お父さまの容赦ない言葉にヨハネは目に見えて肩をガックリ落としていた。  コロコロと表情を変える。  だがわたしは知っている。  この女はただ楽しんでいるだけだ。  なぜ敵地に等しいこの場所でこのような余裕があるのかわたしには理解できない。 「そういえばマリアさま! わたし、ずっと気になっていたのです。てっきり平民相手に騎士を数人失くした責任を取って、謹慎だと思っていたのにどうやって説得したんですか?」  ヨハネはワクワクしながらわたしに聞いてきた。  何がそんなに嬉しいのか理解に苦しむが、もう契約書に書いた内容なのでわたしとしては隠す理由もない。 「わたしは自分の責任を自分で取るために、もし失敗したら多夫を取り魔力不足の補填をすると言っただけです。聞きたいことはこれでーー」  わたしはヨハネの気を晴らすために教えてあげたが、まるで感情がストンと落ちたように無表情でわたしを見ていた。  まるでわたしへの興味が一瞬で薄れたかのように、ただ小さく呟けだった。 「なーんだ、がっかり。あーあ、もう我慢しなくていいかな」  ヨハネの言葉がよくわからない。  しかしその目は無気力なものから次第に力を帯び始めた。 「シルヴィ・ジョセフィーヌ、明日行う会談ですが、もうマリアさまは連れて来ない方がよろしいですよ」  ヨハネはまるで名案かのようにテーブルの上で小さく手を合わせた。  一体彼女の頭の中ではどのようなことが決まったのか誰にもわからない。 「明日はマリアも出席することは決まっている。今更変える必要はない」 「でも出席しても意味があるのですか? わたしには無いように見えますが」 「なっ!? 無礼な! ヨハネ、いささか口が過ぎますよ!」  わたしの怒鳴り声などどこ吹く風。  終いにはもうわたしの顔すら見ていない。 「シルヴィもお気付きでしょ? マリアさまは当主の器ではない」 「それはこれから育てるのだ。器は大きくしていくものだからな」 「歪んだ器は早々に捨てて新しい器を用意すべきですよ」 「わたしが歪んだ器? どういうことですか」  ヨハネはやっとわたしに目を向けている。  さっきまでのこちらをおちょくるような目ではなく、殺気を込めた目だ。  わたしは昔のトラウマが蘇って、小さく悲鳴をあげた。 「また教えないといけないかしら? あの時の夜みたいに、泣き叫ぶ貴女にしつこく言わないといけないかしら? ねえ、教えて? どうして貴女はそんなに愚劣で愚鈍に愚直な行動が出来るの? 一体どれだけわたしが手加減してあげていると思っているの? 」  ヨハネが立ち上がってわたしを見た。  わたしも立ち上がり、壁へと下がっていく。  子供の時に誘拐され、ヨハネの願い通りの答えを言うまで何度も折檻されたのだ。  その時の記憶が蘇ってきた。  彼女は一瞬でわたしの心の傷を開かせたのだ。 「ねえ、貴女が頑張っているからわたしは攻撃の手を緩めているのよ。今回だって簡単に切り抜けられるような試験でしょう? セルランという最強の騎士がいるのに何で手こずるの? 伝承を蘇らせて土地が復活したはずなのに、なんで領地の順位が上がらないの? ゴーステフラートなんて簡単に上がったわよ? 伝承を掘り起こすしかできないなら変わってよ! ねえ、その髪に生まれただけで次期当主と担ぎ上げられて……覚えておきなさい、マリア・ジョセフィーヌ」  わたしは壁まで逃げ、とうとう隅っこの方まで追い詰められた。 「いや、来ないで!」  涙を流しながら、手を前にやって恐怖で震えている顔を隠した。  しかしヨハネはそんなことはお構い無しとわたしの右腕を掴んだ。  そして残る手でわたしの頬を触って、殺気立つ目で言ったのだった。 「ジョセフィーヌの血は何よりも気高きもの。王者たる者、何者にも屈っすることも譲歩もしてはならないのよ。明日の会談ではちょっとはマシな提案をすることね。今日みたいに上に立つことを履き違えるようなその姿勢で、自身を交渉の取引の材料にするしかできない低劣な考えでやってくるのなら、もう次はないと思いなさい」  ヨハネの殺気に呼吸が苦しくなる。  わたしはこの従姉妹が恐ろしくてたまらない。
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