第二章 騎士祭までに噂なんて吹き飛ばしちゃえ!

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 ヨハネの口から王とは無縁そうな男の名前が告げられた。  確かに魔力量は王族なのである程度はあるが、それでも兄弟の中でも一番低いのではなかっただろうか。  そしてあの性格が災いしているのか座学の成績も悪い。  全く王としての器ではないと思っている。 「何を馬鹿なことを言ってますの。あのガイアノスがなれるわけないじゃないですか」 「ええ、本来はね。しかし貴女は彼の並外れた力を見たはずよ」  わたしはそこで魔法祭のことを思い出した。  ガイアノスが放った魔法は確かに並みの魔力ではなかった。  いくら王族の魔法とはいえ、あれほど強力な威力にはならないはずだ。 「それでわざわざそんな噂を伝えに来ましたの?」 「ええ、あの男は貴女に執着しているから気を付けることね」 「そう、でもあんな低俗な男が何かしても関係ありません」 「ふふ、ならいいわ。これくらいはハンデとして伝えとかないとね」  ヨハネは何か意味深なことを言ってくる。  常にこの女はわたしを惑わそうとしてくるので無視が一番だ。 「ねえ、マリアさま。明日から敵となる関係ですから、最後に聞いておきたいことがありますの」 「答えないかもしれませんが」 「どうしてあの時立ち直ったの? 完全に心を折ったと思いましたのに?」  ヨハネはわたしのあの立ち直りに何かしら疑問があるようだ。  眷属がわたしを励ましてくれたことと、何か不思議な力でわたしの頭に補助を付けたことで自信へと繋がったに過ぎない。  そして今ヨハネに教えてもわたしの利にならないことはわかっている。 「貴女が言ったではないですか?」 「わたしが?」 「ジョセフィーヌは王者の血よ」 「いい答えね。ならいいわ。それと最後に弟と二人っきりでお話しする機会が欲しいので、部屋までのエスコートはセルランにお願いしてもいいかしら」 「大変申し訳ないのですが、彼はわたくしの護衛騎士ですのでそれはできません。衛兵を呼んでもらいますのでしばらくお待ちください」  セルランと二人っきりなんて、どんなことをするかもわからないのに許可を出すわけにいかない。  しばらく待っていると衛兵がやってきて、ヨハネを部屋まで送ることになった。 「ではまた明日会いましょう。少しは楽しませてね」  ヨハネは手を振って帰っていく。  一体彼女の胆力はどうなっているのか。  正直敵地であのような振る舞いをできる従姉妹がどうしても恐ろしい。  ヨハネが部屋を出てすぐ下僕がわたしへ話しかけた。 「マリアさま、ヨハネさまは今後敵になることを宣言しました。お気をつけてください」 「わかっています。それと確認を忘れていましたが、明日は下僕も参加してもらいますが大丈夫ですか?」 「はい、ぜひお役に立たせてもらいます」  側近全員と明日の会議で出す内容について再度決めた。  基本わたしが全て話すことになるので、細部までわかっていないといけない。  次の日になって、この城の大会議室で主要な人物たちが集まった。  こちらはヨハネや犯罪組織について話し合ったメンバーである。  対する向こうはヨハネとアビ・ゴーステフラート、シルヴィ・ゼヌニム、アビ・フォアデルへがやってきた。 「久しぶりだな、ジョセフィーヌよ。また豚に近付いたか?」 「魔法祭で見かけたばかりではないかゼヌニム。どうやら頭も一緒に筋肉になったようだ」  黒いオーラが二人のシルヴィの前で漂っている。  わたしとアクィエルの仲が悪いように、シルヴィ同士でも仲が悪いのだ。 「ふん、年月がいくら経とうが変わらんな。まあいい、ゴーステフラートを我が領土に迎える。早々に承諾しろ」 「馬鹿を抜かせ。なぜ我が領土をあげねばならない。確かに貢献度を上げてもらったのは助かるがそれとこれは別の話だ」  二人の話し合いはどんどん苛烈にやりとりしていく。  わたしもここで傍観しているのではなく、打って出なければならない。 「シルヴィ・ジョセフィーヌの言う通りです。それにヨハネは今では他領の住人。それなのに領地経営に関わる大事なことをなぜ彼女にやらせているのか、お答えください、アビ・ゴーステフラート」  特に太ったり痩せたりもしていない中年のアビはこちらを真っ直ぐに見ている。  その目には色々なものが混じり合ったような目をしており、わたしたちが知らないところでかなり決断があったのだろう。 「逆にお聞きしますが、我々はどうすればよかったのですかな?」 「それはどう言う意味ですか?」 「言葉が足りませんでした。ご存知の通り我々には特に大きな産業がありません。今は他領が色々と問題を起こしてくれるので、何も特別なことが起きないゴーステフラートは中領地でいられただけでございます。しかし今後もそうとは限りません。次第に衰えていく領土の前に我々はただ指を咥えているしかありません。その時、フォアデルへから申し出があったのです。領地を再建するのを手伝わせて欲しいと。するとどうでしょう。冬の終わりから始めたばかりなのに、もう結果を出してくれました。我々は弱い生き物です。目の前に天への糸が垂れればそれにしがみついてしまうのですよ」  アビ・ゴーステフラートはゆっくり目をつぶって全てを言ったと告げた。  おそらく苦渋の決断だったのだろう。  もし失敗すればお父さまから何かしらの罰があったかもしれない。  しかし、それでもゼヌニム領にゴーステフラートを与えていい理由にはならない。 「アビ・ゴーステフラートの心中察します。ですが他領の人間に領地経営を委ねていい理由にはなりません。今後はゴーステフラートの伝承を復活させれば土地も回復していくはずです」 「ねえ、マリアさま、伝承を最近追いかけられているようですが、一体どれほどの成果が出たのでしょうか? わたしはすぐにゴーステフラートの順位を上げましたが、マリアさまが伝承を復活させた領地はどこも順位が変動しておりませんが?」  ヨハネが口を挟んできた。  しかしこの程度の問答は想定済みだ。 「パラストカーティは過去のいざこざから評価されていないだけです。現に今では交流が多くなっているスヴァルトアルフ領から生産品の流通を広げて欲しい、とお話が来ておりますので、遠くないうちに最下位からの脱出も夢ではありません。それどころか、研究用の貴重な資材も見つかり始めていると報告もありますので遠くないうちには中領地まで行くことも可能だと思っております」 「それは可能性の話でございます。パラストカーティは蛮族の地。今は大人しいですがまたいつ反逆を起こすかわかりません」 「それこそ長い昔に生まれた思い込みが現代まで続いているに過ぎません。近いうちに順位を上げることを約束しましょう」 「博打とはあまり上に立つ者がするには見苦しいのではないですか?」 「それこそわたくしがパラストカーティを信頼している証です。それにシュティレンツに関しても、失われた素材、魔鉱石の発掘が可能になりました。過去のように銀の領地として栄えることは十分に可能でしょう。ゴーステフラートも今後土地を復活させた後にはさらなる繁栄があるはずです」  ヨハネとの言葉によるバトルが始まった。
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