第二章 騎士祭までに噂なんて吹き飛ばしちゃえ!

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 ……頭が痛い。  わたしは王国院に辿り着くまえから頭痛がしていた。  少し疲れたかしら、と最初は軽く思っていたが次第に熱を帯び始めていた。  まだ王国院でやらないといけないことは多いので、風邪くらいで休んでいる暇はない。  それなのに頭が全く働かなくなってしまい、馬車を降りようとセルランの手を取ろうとしたが、その手はセルランではなく地面へと向かおうとした。 「マリアさま!」  わたしが地面に倒れる前に支えてくれたのでどうにか無事だった。  しかし身体の節々が痛いため、自力で立つことが難しい。  目の前が霞んでおり、セルランに担がれる記憶を最後に意識が飛んだのだ。  目を覚ましてみると見慣れたわたしの部屋であり、部屋ではレイナがわたしの世話をしてくれたようだ。  レイナだってまだ帰ってきたばかりで疲れているだろうと考えて、今日の任を解こうと体を起こそうとしたが力が入らず、なかなか起き上がれない。 「マリアさま、無理はだめです。この頃は本当に目まぐるしく働いておりましたので疲れが出てしまったのでしょう。安静にしてください」  レイナがわたしに水を飲ませてくれて、すぐにベッドに戻され大人しくするように言う。  まだまだ熱が下がらず体がだるい。 「そういえば騎士祭……」 「マリアさま、今はお休みください」  どうしても騎士祭が始まる前に少しでも士気を上げたいが、レイナは許してくれないようだ。  わたしは早く治すために体の休養を取るようにした。  しかし数日経ってもなかなか熱が完全に治らず、上がっては下がってを繰り化してとうとう五日目が過ぎた。 「何かの感染症というわけでもございませんし、この熱の原因がわかりません」  女医を呼んで何度かわたしの状態を診てもらったが原因が全くわからない。  少しずつ熱も下がってきているので、最初の時よりはだいぶましになっているが、流石に五日も熱が下がらないのは異常だ。  だが下僕がある神々の話を調べたことでその原因がわかった。 「マリアさま、前にクロートに狼の眷属に会われたと仰いましたが間違いありませんね?」 「ええ、ふゔぇ……なんでしたっけ」 「姫さま、神の眷属の名前を、それもお助けくださった御方をお忘れになるなんて、不敬にも過ぎますよ」  サラスはこめかみを抑えていた。  しょうがない、噛みそうな名前なんだから。 「フヴェズルングですね。この眷属には逸話があります。昔からいたずらが多く水の神も手をこまねいていたそうですが、ある時水の神が危険な時には普段から考えられない知略を用いてこれを救ったそうです。もしマリアさまがこの力を借りたのなら、神に等しい力を受けたのだから少なからず体に悪い影響があるはずです」  どうやらわたしには過ぎた力をお借りしたようだ。  この熱くらいでこれほどわたしに力を与えてくれるのなら安すぎるくらいかもしれないが、今タイミングが悪すぎて自分の間の悪さを恨みたくなった。 「わざわざ調べてくれてありがとう。ところで研究所……」 「姫さま、レイナに言われませんでしたか? 今ここで長時間説教しますよ」  わたしはむーっと頬を膨らませて抗議の目をサラスに向けるがどこ吹く風。  命がかかっているのだから騎士祭で優勝をどうにかして目指したい。  しかしどの側近もわたしの体調が戻るまでは騎士祭の情報を教えてくれないのだ。  こちらに残っていたヴェルダンディたちとは面会謝絶と徹底している。  彼らならずっと残っている分、今の現場から騎士祭でどのような結果が見込まれるかしれるのに。  またわたしが何も関与しなかったことで、側近たちに無理をさせて大きな失敗を作ってしまうかもしれない。  そういった不安があり、どうしても自分で直接目で見ないと心配でしょうがない。  悶々とした日々が過ぎ、体調が早く治って欲しいと考えて、とうとう騎士祭当日になってしまった。 「お願いします! 今日だけは絶対参加させてください! 」  わたしはサラスに思いの丈をぶつけた。  ずっと眠っていたおかげでだいぶ体の調子もよい。  熱も昨日で完全に治ったのだ。 「まだ病み上がりではありますからね。熱気ある騎士祭にお連れしても大丈夫かはお医者さまに診てもらってからの判断になります」  その後女医がわたしの体を診てくれて、動き過ぎたり、興奮過ぎないようにすれば多少の見学なら大丈夫とのことだ。 「姫さま、今回は出場は諦めてくださいませ」 「マリアさまがいるのといないのでは、士気がかなり変わりますが致し方無いと思います」 「姫さまが観に来てくださるだけで選手のやる気が上がりますよ。姫さまの頑張りはわたくしが広めておきましたゆえ」  レイナとラケシスもわたしが出場するのは反対のようだ。  今回は純粋なマンネルハイムなので、指揮官を除いて侍従と文官は参加しない。  騎士だけが己の腕で優劣を決めるのだ。 「わかりました。今日は見学だけにしておきます」  わたしは仕方なく色々な条件を飲んでマンネルハイムが行われる訓練所へと向かったのだ。  今回も色々な研究所が出店しているが、あまり長時間立っているのもダメらしいので見ることができない。  ……アリアは研究大丈夫だったかしら  わたしとクロートは王国院を長らく離れていたため、魔力協力ができていない。  アリアは特に魔力消費量の大きな魔道具を使っているので、あまり大きく研究が進まなかったのはないだろうか。 「ねえ、レイナ。アリアは出店できていますか?」 「はい、無事出店できたそうです。マリアさまのご協力があったので大変助かりましたと報告がありました」 「協力? わたくし何かしたかしら。でも出店が出来たのなら良かったです」  心配していたことが杞憂で済んで良かった。  アリアならまたかなり良い物を作ってくれているだろうから、あまり心配はいらないのかもしれない。  わたしは訓練所に着くと、五大貴族専用の席へと向かった。  そこにはウィリアノスさまが先に座っていた。 「ウィリアノスさま!」  ずっと王国院を離れていたためずっと心の奥底で会いたいと思っていた方と最初に出会えたので、わたしの気持ちは上がっていく。  サラスから底冷えする声が聞こえてきた。 「落ち着きなさいませ、熱が出たと判断すれば戻りますからね」 「はい……」  恋の情熱すら鎮静させるサラスの言葉で多少冷静になるのだった。
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