第二章 騎士祭までに噂なんて吹き飛ばしちゃえ!

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 下僕はトライードを抜くことなく突っ込んだ。  まるで自滅するかのような行動にセルランは吐き捨てた。 「勝負を捨てたか!」  トライードが下僕に迫る。  もしあのスピードでぶつけられれば、たとえ鎧を付けていても無事では済まない。  しかし下僕は特殊なガントレットをつけていた。 「あれって、アリアの合成魔法用のガントレット」  アリアが考案した二つの魔法を合わせることができるために作られたガントレットだ。  下僕は水と土の魔法を合わせた。  そしてセルランの攻撃に合わせて発動させた。  水の盾が出現して、セルランの攻撃を受け止めた。  するとその盾はまるで衝撃を吸収するように凹んだ。  そのまま決定打を与えることなく二人は通り過ぎた。 「ほう、少しはやるようだな」 「ただで負けるつもりはありません」  次に動いたのは下僕だった。  下僕はガントレットに水の魔法を出した後、炎の魔法を加えた。  そしてそれをセルランへ向けて放った。  セルランも危険を察して逃げ行く。  するとセルランのいた場所で小規模な爆発を起こした。 「逃がしません!」  セルランへ当てるため、何度も同じ攻撃を放った。  しかしセルランの水竜は速く、動きに全く追いつけなかった。 「しっかり狙え! モタモタするならこっちからいくぞ!」  逃げるのをやめて真っ向から迫っていった。  普通に戦ってはヴェルダンディと同じく瞬殺されてしまう。  一体どのような手を使うのか、観客側では全く予想できない。 「ええ、わかっています。これならどうです!」  下僕は身体強化の魔法をガントレットに送ってさらに身体強化の魔法を送った。  ニ倍以上の強化だ。  しかしそんなもの鎧ですでに強化している下僕には過ぎた力だ。 「お前ではそれは扱えまい! 自滅する気か!」  セルランはまるで失望したと言いたげに吐き捨てた。  しかし下僕は笑って答えた。 「そうですね、僕なら使えません。いや、人間なら誰も耐えきれないでしょう。それならセルラン、貴方も耐えられますか?」  下僕はセルランにそれを放つつもりだ。  今セルランは身体強化の魔法を付けている。  それをあと二つ分付ければ、さすがのセルランも満足に動けないはずだ。  わたしは一度止めるべきでないかと考えた。  しかしセルランは笑っていた。 「浅知恵だな、試してみろ!」  セルランの挑発に下僕は魔法を放った。  そしてそれはセルランに当たり、水竜の速度が落ちていき止まった。 「うぐっ、あああああ」  セルランの悲鳴が響いた。  やはりセルランといえども、三倍の身体強化はきついのだ。  わたしはセルランの安全のため棄権を申し出ようとした。  しかし、その悲鳴は笑い声に変わった。 「ああああ、……ふふふ。慣れたぞ……三倍の身体能力。今なら何でもできそうだ」 「そ、そんな耐えきれるのか!? 人間じゃ…な……」  下僕は驚き声を上げたが最後まで発声できなかった。  もうすでにセルランにより気絶させられているからだ。 「感謝するぞ。これでわたしはもう一つ階段を登った。今ならシュティレンツの魔物にも苦戦すらしないだろう。そうか、この手があったんだ」  セルランは自分の変化をじっくりと確かめた。  そのようにゆっくりしている間、十人の亜魔導アーマーを身につけている中級騎士たちが包囲していた。 「さすがのセルランさまでもこの数ではどうすることもできまい」 「全員でかかれ!」  一斉にセルランめがけて水竜が押し寄せてきた。  丸い円を維持したまま、全員で同時攻撃をするのだ。  だが今のセルランに十人では足りない。  トライードの刀身を大きく伸ばして、棒のように扱い襲ってきた全員を腕力で騎獣から落とした。  今のセルランでは亜魔導アーマーで上級騎士並みの身体強化をした十人でも歯が立たないのだ。  セルランとエルトのコンビは瞬く間に敵を蹂躙していく。  駒に魔力を込める人間もどんどん捕まえていき、人数差で不利な状況にも関わらずセルランたちチームが大勝をした。  悔しそうにヴェルダンディとルキノがやってきた。 「くそっ、せっかくマリアさまが用意してくれた鎧を使ったのにこのザマなんて」 「申し訳ございません。まだまだ修練が足りませんでした」  二人の謝罪を一度受け入れた。  騎士祭で優勝したから少しばかり慢心もあったが、これでこれからも訓練に身が入るだろう。  そもそもセルランが規格外すぎるのだ。 「二人とも、今日は素晴らしい戦いでした。確かに勝てませんでしたが、鎧が全てではないということはわかったはずです。これからも修練に励み、卒業後はぜひジョセフィーヌ領の代表としてリベンジしてくださいね」 「ええ! 次戦うときまでに鍛えておきます!」 「わたくしももっと役立てられるように頑張ります!」  二人とも素直にこちらの話を聞いてくれるので、凹むことなく頑張ってくれるだろう。  騎士祭の成績発表があるのでわたし以外全員下へと降りていった。  王国院長のムーサが生徒の前に立って、長い話を始めた。 「学生のみなーー」  ムーサが話し始めた瞬間、空が急激に曇り始めた。  あまりにも急激な変化に、ヴェルダンディに雷が当たったことを思い出した。  今はセルランが隣にいるので、雷だろうと逃げられるだろう。  だが今回は雷ではなく、もっと現実的なものだった。 「魔物が接近している! 各学生は領土ごとに集まり待機。先生方は生徒の安全を守るように! 繰り返すーー」  エルトが今来ている騎士たちの代表として指示を配った。  生徒たちはパニックになりながらも、少しずつ避難を始めた。  わたしはここから動くことが一番危険とのことで、そのまま待機だ。  空を見上げると、黒い点が大量にこちらに向かっている。  近づいてくるとやっとその正体がわかった。 「デビルとデビルキング!?」  目算で百を超える大群がこちらに押し寄せてきていた。 「一体なぜこれほどやってくる。さすがにエルトたちだけでは荷が重いぞ」  セルランの分析にわたしも同意する。  セルランでも警戒するようなデビルキングが見える範囲で二十は超えていた。  たとえ優秀な騎士たちといえ、デビルキングを相手にしながら数十のデビルはあまりにもきつい。 「皆の者、落ち着け!」  いきなりの大声にわたしはその声の主人を探した。 「ガイアノス……」  ガイアノスが自信満々に言っているがわたしとしては逆効果ではないかと思っていた。  正直、ガイアノスにカリスマ性はない。  だがそれにも関わらず彼は自信満々であった。 「わたしがあの敵をすべて追い払おう」  ガイアノスは魔法の詠唱を始めた。
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