第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

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 仮面の者は何も答えず、近くの壁に大きな火の玉の魔法を放つ。  学生が使う簡単な魔法ではなく、上級貴族でも戦地へ赴くような者が使う高度な魔法だ。  魔法の障壁のない壁を簡単に融解する。  こちらと戦闘することもなくすぐに撤退していった。 「ま、待ちなさい!」 「ダメです、姫さま! 追いかけては危険な輩です。ちょうどいい感じに穴を空けてくれたのですぐにこの中の空気も元に戻るでしょう。ここにいる全員を一人一人治療するのは時間が掛かりますので、範囲魔法を使いましょう。わたしは触媒を探して参りますので、魔法陣をご準備ください。範囲と威力増強でお願いします」  わたしが飛び出すより早くクロートに止められ、それよりも倒れている者たちの治療を優先する。  クロートは魔法陣を書くための魔紙をわたしに渡して、倉庫の方へ駆けていく。  クロートが触媒を集めにいっている間に授業で教えられた順序通りに魔法陣を描いていく。  問題なく書けたので、全員に魔法が行き渡るように中央の床に置く。 「あなた何しているの!」  わたしは突然の大声にビクッと反応する。  扉の方から来たであろうゆるふわな髪をした幼い顔立ちの女の子がこちらを力強く睨む。  その目には敵意が滲んでいた。 「どういうことですか! パラストカーティの魔法の実験の手伝いのために使用許可を取りにいった最中に何故このようなことをするのですか! あなたたちは百年前の内乱を繰り返すつもりですか!」 「お、落ち着きなさい! 」 「みんなの仇です!」  ……ちょっと聞いて!  わたしはパラストカーティじゃないわよ!  黒のマントを羽織った女の子は完全に誤解したまま詠唱を始める。  腕を大きく天に伸ばして、炎を出現させる。  みるみる大きくなり、もうすでにわたしの体の二倍ほどの大きさになっていた。  ……ちょっとほんとうにだめ!  この子、何でこんな幼い顔で強大な魔法を使うのよ!  授業でも習う魔法ではあるが、この魔法は領主候補生クラスの魔力がなければ使えない魔法だ。  こんな魔法を食らってしまったら、わたしは死んでしまう。 「ちょっと、本当にやめなさい! そんな魔法放たれたらわたくし死んでしまいます!」 「逃してしまうよりましです!」  完全にこちらを殺す気である。  もうわたしに残る手は一つしかない。  天に祈って、博打の手を取る。  ……わたしも魔法を使うしかない!  まだ魔法の特訓をしていないので弱い魔法しか制御できないが、一応授業で習っている。  わたしは朝に行った同調の感覚を思い出しながら、魔力を体の中で高めていく。  わたしが詠唱を始めたタイミングで少女も詠唱を唱え終わり、わたしへ放つ。 「水の神 オーツェガットは踊り手なり。大海に軌跡を作り給いて、大神に祈りを捧げるものなり。我は源を送ろう。我は感謝を捧げよう。汝の運命を紡がんために」  詠唱を終え、わたしも応戦するために迫り来る炎へと水の濁流を放つ。  領主候補生クラスの魔法をわたしも放つ。  おそらく五大貴族であるわたしの魔力の方が上のため、相手の魔法を消し去りかつ相手を粉砕してなお魔法の暴走でここ一帯が消し飛ぶだろう。  ……ごめんね、でも正当防衛だからあの世で人の話を聞かなかった自分を恨んで!  だが、わたしの思惑通りとはいかなかった。  わたしの水の濁流と炎の玉はお互いに譲らず、均衡してしまった。  ……っうそ!  五大貴族のわたしと同威力!?  それも水に対して相手は火よ?  わたしは信じられない事実に今の現実を受け入れられない。  相性の良い火の魔法と均衡を保つということは、わたしの魔力は彼女より下である何よりの証拠。  昔からこの髪は魔法の才ということで、誰よりも特別扱いされた。  王族との婚姻も本来であれば不可能だが、この髪だからこそそれが実現したのだ。  このままではわたしを妬む噂を肯定しなければならない。  水の魔法が消滅した。  疲れと一瞬の雑念が相まって、自身の限界に気付くことができず魔法を持続できる力が尽きてしまった。  炎の玉がわたしへと迫ってくる。  わたしは体にほとんど力が入らず、膝から崩れ落ちる。  どうすることもできない。  死を覚悟してわたしは目を瞑って、死ぬ瞬間から目を逸らした。 「姫さま!」  わたしはその声により目を開ける。  わたしと炎の間にクロートが割って入る。  魔法を発動する時間がないため、魔法の障壁を前方部分にだけ展開して受ける。  さすがのクロートも苦痛の息が漏れている。  手で炎の玉を押すように防ぎ、角度を必死に変えて、上空へと逸らした。 「わ、わたしの魔法を逸らすなんて! でもまた作れば……あ、あれ?」  だが少女はいくら魔力を込めても作れなかった。  それどころか少女も足に力が入らなくなり膝を突く。  わたしと同じく魔力が切れたのであろう。  これならもう命の心配をしなくてもいいだろう。 「アリア・シュトラレーセ! この方を誰と心得る! 五大貴族次期当主への攻撃は、シルヴィ・ジョセフィーヌへの反逆であるぞ! 例え、同じ五大貴族であるシルヴィ・スヴァルトアルフといえど、シュトラレーセを庇うことはできない!」 「え、ええ!? ジョセフィーヌってまさか、その方はもしやマリアさま! た、大変申し訳ございません」 「謝罪ならあとで申せ。今はここにいる人間の治療が先だ。一度、救助の者を呼んできなさい。姫さま、お怪我はありませんか」  クロートは怒気の篭った言葉をアリアという少女に向ける。  わたしを知らないということはおそらくまだ十歳を迎えたばかりの新入生であろう。  大人であるクロートからの無慈悲な言葉にただ顔を青くしている。  クロートの命令もあり、何度も頷いて重たい足を引きずって、ふらふらになりながらも外へいく。  わたしは怪我はないことを伝えようとしたが、言葉が出ずに涙が出てきた。  死を覚悟した緊張からやっと解放されたため、堪え切れない感情の渦が出てくる。  淑女として、男の前で涙を出すなど本来はやってはいけない。  クロートもそれを察してか、上着のポケットからハンカチを出してわたしに渡す。 「姫さま、よく堪えました。ですが、他領の生徒が来るかもしれませんので、しばらくこれで我慢ください。すぐに自室へ戻れるようにしますので」  クロートは口元を優しげにして、わたしが作った魔法陣へと向かう。  少し足元がふらつきながらも、魔紙の前に立ち、一度咳き込む。  痰が絡まったのか、唾を床へと吐き捨てる。  それには血が混じっていた。  ……まだ解毒してなかったの!?  だがすぐに合点がいった。  わたしを一人にする時間を短くするために、自分の解毒より触媒の収集を優先したのだ。  わたしはクロートの魔法をジーッと見た。  さまざまな薬草を魔紙の周りに置いて、魔法を発動する。  光り輝く粒子が実験場の全体に広がって降り注ぐ。  砂時計が落ちるには十分な時間を過ぎて、倒れている人たちが次々に咳き込む。  全員が咳き込むのを確認でき、おそらくは死人は出ていない。 「寮監とシュトラレーセの騎士候補を連れてきました。全員、ただちにここに倒れている人たちを医療場に連れて行きなさい!」  アリアはかなり急いでくれたみたいで、息を乱しながら自領の生徒たちに命令する。  次々に倒れている者たちを運び込んでいく。  クロートがわたしの代わりに寮監に簡単に経緯を話す。  その後、アリアにも何か話しており、それが終わるとわたしのほうへ向かう。 「大変お待たせしました、姫さま。では一度戻りましょう」 「クロートは毒は大丈夫ですの?」 「ええ、これくらいなら問題ありません。では失礼します」 「ふぇえ」  わたしはいきなりお姫様抱っこをされて変な声が出た。  護衛騎士以外の男に抱っこされたのは初めてなため変な気分になる。  どうにか降りようとしたが体に力が入らず、このまま為すがままに寮へと戻っていった。 「まさかアリアさまがここにいるなんて」  クロートがボソッと、呟いたのが聞こえた。  えっ、と言葉が出てしまい、クロートはそれ以上言葉を出さなかった。 「そういえば、よくあの子の名前を知ってましたわね」 「前に偶然お見かけしたことがあるだけですよ。あちらはわたしには気付いていないでしょうがね」  いつもはポーカーフェイスであるため、今のような誤魔化す態度はとても違和感があった。  わたしは特にそれ以上尋ねることはせず、この後に来るであろうお叱りの言葉をどう逃れるかだけを考えていた。
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