第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

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 さすがにお茶会を途中で止めてまで参加しようとするアクィエルを止める術を全く知らない。  仕方がないので、アクィエルの参加を許可した。  テーブルにお互いに座って、ディアーナが紅茶とお菓子の準備を始めた。 「こちらの紅茶に合うお菓子を複数用意しましたので、ぜひジョセフィーヌの味をお楽しみくださいませ」 「ええ、いただくわ」  紅茶に口を運ぶとすぐに目の色が変わった。 「あら、ジョセフィーヌにこんな美味しい紅茶がありましたの?」 「ええ、パラストカーティの紅茶です。今回はディアーナが選んだお菓子があるので、一緒に楽しむと至福の時間が来ると思います」  ディアーナは気配りが上手い。  こういった食べ合わせもディアーナならではだ。 「まさかアクィエルさんが参加してくださるなんて嬉しい限りです。まるで水の神を追いかける風の神のようです」 「姫さま……」  後ろのサラスからため息が聞こえてきた。  最後の言葉は、こちらの気持ちを察することなく好き放題されて辟易している、という意味だ。 「まあ、そのように思っていただけるなんて。マリアさんがそう言うのなら参加した甲斐があったというものです、おーほほほ」  サラスがわたしの肩に手をやった。  そこで一度深呼吸をした。  いらっと頭に熱がこもり始めた。  ここまで簡単に私の感情を揺さぶるなんて、アクィエルは煽りの天才ではないだろうか。  わたしが喜んでいると解釈したような言葉に負の感情が押し寄せることは悪いことだろうか、いや断じて悪くはない。  ここは一つ話題を変えよう。 「ゼヌニムでは最近染色の進歩が目覚ましいと聞きますが、何か良い色が流通するのですか?」 「ええ、もちろんよ。その他にも馬車の乗り心地を良くする道具や化粧品についてもどんどん進んでいますわ。悔しいですが、ヨハネ・ジョセフィーヌ……今はフォアデルへでしたわね。彼女が来てからどれも高度な成長を遂げています。だからあんな有能な方をジョセフィーヌが遣わしてくれたことは本当に感謝するわ」  わたしは意外な情報を得た。  どうやらヨハネは上手に溶け込んでいるようで、悪い評価はないようだ。 「なるほど、それでもっと領地を発展させるためにゴーステフラートを欲しがっているのね」 「何を言ってますの? そんな余裕なんてないことはマリアさんが良く知っていますでしょ。ただでさえ魔力が少ないのだから、四領地になったらさらに土地が死んでしまいます。今ある領土をできる限り成長させることが大事なことです」  なんだか会話が成り立たないな。  アクィエルの言うことはごもっともだが、今のゼヌニムの動きとは反する考えだ。 「ならどうしてシルヴィ・ゼヌニムはゴーステフラートが欲しいのですか? 」 「欲しくはないですが、ただ借りるだけです。マリアさんたちジョセフィーヌは特例を使って急成長しているのなら、ゴーステフラートのような特徴のない領土は発展の妨げになる。それならこちらで一度預かって流通の基盤を作っておけば多少は恩恵を得られるかもしれないとヨハネが言ったのです。ヨハネがいればもっと土地は成長するから、お互いに損のないお話でしょ?」  なんだかわたしの知らない裏事情がボロボロと出てくる。  おそらくヨハネは上手く転がしてシルヴィ・ゼヌニムを動かしたのだ。  しかしこれは建前でゴーステフラートを返す気などない。  そのまま取り込もうと考えるはずだ。  そこでサラスがわたしの肩を軽く叩いた。 「姫さま、ユリナナさまがお見えになったそうです」 「わかりました。通してください」  すぐにユリナナが入ってきた。  ユリナナは初めてのバラ園で緊張が見られたが、わたしは一度立って笑顔で歓迎した。 「今日は来てくれてありがとうございます」 「いえ、マリアさまからの招待を嬉しく思います。あの……」  ユリナナがわたしとアクィエルを交互に見た。  わたしも気持ちはわかる。  なんで宿敵であるアクィエルがお茶会に参加しているのかと疑問に思っているだろう。  だが流石に上位者がいる前で無視はいけないと思ったか、ユリナナはアクィエルにも挨拶に向かった。 「ご機嫌麗しゅうございます。今日はアクィエルさまも参加なさっていたのですね」 「御機嫌よう。マリアさんが不安そうな顔でどうしても参加してほしいと言ったので参加してあげたのですわ。感謝ならマリアさんにしてくださいませ」  だれかトライードを持ってきてくれませんか?  ディアーナがどうどうとわたしを宥めてくれたので、どうにか正気を保たれた。  ユリナナもわたしを憐憫な目で見てくる。  あなたたち、デビルキングのように真っ二つにするわよ? 「こほん、まあ立ち話はそれくらいにして一度座りましょうか」  ユリナナが席に座り、ディアーナが紅茶とお菓子を勧める。 「ユリナナさんは大事なお話もありますが最初は他愛もない話をしましょう。それからでもいいですよね?」 「はい。では紅茶をいただきます」  ユリナナの緊張を少しでも解すためまず軽食から取る。 「ユリナナさん、最近のゴーステフラートは美味しいお菓子が増えていってますが、何かあったのですか?」 「はい。他国の貿易で砂糖菓子のレシピを置いていった者がいたそうで、急速に広まりました。まだ小出しですが、いずれ全領土に普及すると思います」  紅茶はパラストカーティ、お菓子はゴーステフラートが良い味を出す。  どちらも今後は他領に売り込むと利益があるかもしれない。 「いいですわね。ゼヌニムの領土はどうしても高地が多く寒冷な土地だから、美味しいものはどうしても一歩遅れてしまいます。ですがだからこそ風を一番感じられるというものですが」 「でもその代わり技術者が育っているではないですか。時計などの機械類はどれも良い腕です。それに針葉樹林があるから紙産業も伸びているので、これから伸びる可能性が高いです」  わたしがそう言うと二人とも驚きの目でわたしを見た。  何か変なことを言っただろうか。 「驚きました。マリアさんがそこまで勉強熱心だったなんて、一体どうしましたの?」  ……あなたの領土のヨハネのせいです。  わたしは自分の領土を少しでも良くするため他領についても勉強し直した。  そのおかげで、わたしの見聞の狭さを思い知ったのだ。  そこでユリナナが恐る恐る声を出した。 「やはりマリアさまはゴーステフラートを取り返すおつもりなんですね」  ユリナナの悲痛な顔が今だとよくわかった。
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