第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

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閑話ステラの恋愛話8  ご機嫌なラケシスは側近以外では滅多に見られないらしく、他の人からはいつもムスッとしている印象があるようだ。  しかし男性からは、姫さまと一緒にいる時のギャップから人気が高いらしく、密かに本人公認のファンクラブがあるらしい。  普段は無表情だが、姫さま関連になるとご機嫌になるので、わたくしたちはこの笑顔を見るのが当たり前であった。 「お二方、お疲れ様です」  それでも今日は鼻歌を歌いそうなほどのご機嫌さなので、何かいいことがあったのだろう。 「お疲れさま。今日はレイナと一緒に来なかったのですね」 「彼女は今素晴らしいことをしている最中ですから、一緒に来れませんでしたの。ああ彼女が羨ましいです」  ラケシスがそう言うのなら姫さま関連だろう。  ヴェルダンディとレイナに何か仕事を振ったのだろう。 「それはそうと、今日のサラスさまは機嫌が悪いからあまり刺激しないようにね。姫さまも泣くのを堪えて頑張っているでしょうから。先程からすすり泣く声が何度か聞こえてますし」 「それはぜひみてみ……ごほん、大変な様子ですね。わたくしが癒してあげねばなりませんね」  ラケシスがいつもなら姫さまの身を案じるのに、今日はどうにか嬉しそうだ。  変な性癖が出たのではないかと心配になるが、姫さまに嫌われるようなことだけはしないだろう。 「こほん、姫さま、休憩のお菓子を持ってきました。入室の許可を頂けますでしょうか」  ラケシスが許可を待っていると、姫さまの嬉しそうな声が聞こえてきた。 「……ラケシス!? ええ、入室を許可します!」  よっぽど大変だったのだろう。  わたくしも少しくらい休憩を取らせてあげるようにサラスさまに進言した。  そしてラケシスが頬を赤く染めながら、ワゴンを引いて部屋へと戻っていた。 「なんだか今日のラケシスは幸せそうですね」 「彼女についてはあまり深く考えない方がいいようね。私が居なくなっても本当に大丈夫かしら……」  愚痴をこぼしながら護衛を続行する。  それからしばらく時間が経って、ヴェルダンディが戻ってきて内緒の話があるとのことで、ルキノを連れてお休憩へと向かっていった。  そのままルキノは今日は上がってしまうようだ。  そして何故だか先ほどのやつれていた姫さまが元気になって戻ってきた。  一日でケロッとするどころか、この一瞬で気分を戻してくるなんて、サラスさまといえども難航するようだ。  夜の護衛の引き継ぎを終えて、就寝前の短い自由時間を得た。  早速今朝来ていた手紙を読もうと机に向かった。 「今度はどんな素敵な手紙なんでしょう……」  わたくしがドキドキするのはわかるが、何故セーラが頬に両手をやってきゃあきゃあと騒ぐのか。  よっぽど人の恋路が楽しいようだ。 「あまり期待するものではありませんよ。ずっとあのような手紙を送り続けるのは、流石のスフレさまでも大変でしょうに」  わたくしは冷静にそう言うと、後ろからクスクスと笑い声が聞こえた。  何が楽しいのかと、振り返ってみたらセーラはニヤニヤとしていた。 「そう言って、部屋に戻って机に向かったのはステラさまではないですか」  図星を突かれて声が出なかった。  腹立たしいが、セーラの言うことは間違っていない。  やはり女性として、心のこもった手紙を何度も貰うのは嬉しいものだ。  特に自分には無い才能を持っているのだから惹かれるものはある。  そんなわたくしでもプライドはあるのか、セーラをひと睨みだけしてまた手紙に戻った。  トライードをナイフ代わりに封を切った。  あまり期待し過ぎないようにしているが、それでもまた情熱的な手紙であることを期待している。  文字を読み進めていくと、よくもこれほど勢い変わらず熱烈な恋文を送れるのか、と感心すると同時に鼓動がどんどん激しくなっていく。 「いいな。わたくしにも送ってくださらないかしら」  いつのまにかわたくしの真後ろで覗き見しているが、今は読むことの方が大事だ。  だが最期の文でわたくしは何度も目を上下に動かした。 「……え」 「どうかしました?」  わたくしの声が自然に漏れたことで、セーラも最初の部分を読み飛ばして、わたくしの視線の先にある最後の文を読んだ。 「えーと、数日間王都へ出向く用事があります。ぜひまた貴女とお逢いしたいので、わたしの屋敷に来ていただけないでしょうか。返事をお待ちしております……きゃあああああ」  先ほどよりもうるさく興奮しているので、たまらず耳を塞いでしまった。  目をキラキラと光らせて、わたくしの肩をもって何度も揺らす。 「ステラさま、これは行くしかありません。家柄も良くて、将来有望なこの方を逃してはいけません! しっかり友達から情報を集めてきましたが、顔立ちもかなり整っているそうです! もう一度言いますが絶対逃してはいけませんよ!」 「わかったから落ち着きなさい」  わたくしよりも興奮しているので流石に鬱陶しい。  肩に乗っている手を払いのけて、何度もその手紙を読み返した。  滞在期間も載っており、わたくしの休みと被る日が何日かはあった。 「従者も来ていいと書いているから、わたくしも行けますね。どんなドレス着ますか? 今からだと流石に間に合わないので、ある中から選ばないといけませんが」  クローゼットの中にあるドレスを見比べて、一生懸命考えている。  まだわたくしはセーラを連れて行くとは言っていないのだが、と考えたが彼女を連れて行かないと後々質問ばかりでうるさくなるのは目に見えてわかるので、いっそのこと連れて行った方が彼女の興奮も冷めるだろう。 「セーラ、連れて行きますから、毎日仕事頑張ってくださいね。少しでも手を抜けば別の者に付き添いをお願いしますからね」 「わかってます、わかってます。こっちも良いけど、こっちも捨て難い。うーん、悩むぅ」  聞いているのか分からない適当な返事をするが、自分のことのように喜んでくれているので少しくらいは大目に見よう。  わたくしは返事の手紙を書くのだった。
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