第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

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閑話ステラの恋愛話10  屋敷の前にたどり着き、セーラが先に降りてわたくしの手を引いて降ろしてくれた。  屋敷の外にいた初老の執事が馬車の近くまでやってきて、一礼をしてわたくしを歓迎してくれた。 「よく来てくださいました。わたしはハールバラン家に代々仕える執事長のトーマスでございます。坊っちゃまのお招きに応じていただき、心より御礼を申し上げます。では屋敷を案内致します」  トーマスの後ろをセーラと共に付いていく。  そして広いダイニングルームへとたどり着いた。  その部屋の前で立っている女性の侍従が部屋の扉を開けた。  目の前には大きなテーブルがあり、中央に眼鏡をかけた若い男性がいた。  わたくしは部屋に入ってすぐにドレスの裾を上げて、今日の歓迎について御礼と挨拶をした。 「スフレさま、本日はわたくしを招待していただきありがとうございます。ご存知だとは思いますが、わたくしがステラ・エーデルガルトでございます。侍従のセーラ共々本日はよろしくお願いします。この世に光が差し込み、常に前へ進もうとしたことで今日の出会いとなりました。万物の母であり、世界に初めて光をもたらした光の神デアハウザーと同じ感謝を貴女さまに捧げることをお許しください」 「光の神デアハウザーに感謝を」  わたくしとスフレさまで魔力の奉納を行った。  そして、次に彼がこちらまで歩いてきた。 「本日はわたくしめのお招きに応じていただきありがとうございます。今思えばあれは運命だったのではないかと、深く考えてしまいます。あの日から貴女のことを忘れたことがありません。神の気まぐれかはたまた悪戯か。見えない糸をどうにかたぐりよせて今日の貴女と顔を合わせることができた」  スフレさまはわたくしの目の前で跪いて、手を差し出した。  優しい顔色でわたくしを見つめていた。 「さあ、マドモアゼル」 「ありがとうございます」  わたくしは手を取ると、彼は立ち上がって席まで案内した。  椅子を下げてくれたのでわたくしは席にゆっくり座った。  そしてスフレさまも向かいのへ座った。  食事がどんどん運ばれてきて、コップにはワインが注ぎ込まれる。 「ジョセフィーヌ領から取り寄せたワインだから、おそらく馴染みの味だと思う」 「そうですね。普段からこのワインを?」 「ええ。ジョセフィーヌ領では良質なぶどうが採れるためかワインの質が良い。初めて飲んだときは驚いたほどです。いずれはもう少し熟成したものを飲んでみたいですね」  ジョセフィーヌ領にはどんな時期でも暖かい土地があり、そこで採れるぶどうを使ったワインは高値で取引されている。  わたくしはワインを手にとってそれを口にした。 「このワインはわたくしの生まれ故郷の誇りの一つです」  スフレさまもワインを口にした。 「素晴らしいものです。ステラさまはマリアさまの騎士として勤められていますが普段どのようなことをされているのですか?」 「そんなに難しいことではありません。日中の護衛と魔物や敵派閥の情報集め、騎士たちの訓練、自身の鍛錬などですね。大したことはしていませんね」 「いやいや。マリアさまの護衛だけでも一日中気を張るのにさらにそれだけのことをされているとは。わたしもさらに頑張らないといけませんね」 「スフレさまこそシルヴィの文官で忙しいのではありませんか?」 「わたしこそ大したことはしてません。書類仕事に追われているだけです。最近はマリアさまのおかげでジョセフィーヌ領と密な関係になったので、わたしが交渉係として赴くことが増えました」  姫さまがアリアさまやラナさまと仲良くなったので、流通や研究関連で交流が増えているらしい。  これから新しい技術の誕生や文化の発展が加速するのは誰の目にも明らかだ。 「ステラさまから見てマリアさまはどのようなお方ですか? 」 「姫さまのですか?」 「ええ。お顔は何度か見たことはありますが、最近聞く噂はどれもが信じられないものばかりです。上級騎士でも倒すのが大変なデビルキングを一人で討伐、そして魔法祭の優勝を導いた勝利の女神、パラストカーティの土地に恵みを与えた水の神。どれもが嘘のような本当のお話で、とても小さな少女が行ったことには思えなくて、ステラさまの目から見たマリアさまを聞いてみたかったのです」  全部この目で見てきたが客観視をしてこなかったので、それを見ていない者からは奇異に聞こえるだろう。  しかし、わたくしの知る限りではそんなに精力的に頑張ろうとする方ではなかった。  だが次期当主の自覚が出てきたのか、シルヴィに似たカリスマを発揮している。 「そうですね。昔から興味があることには一直線な方でした。ですが、それ以外のことは軽視して頑張ろうとはしていませんでしたが、今はそういったこともなくすべてに全力を尽くす方です。正直このまま甘やかされて育てていいものか、と悩む時はありましたがやはりシルヴィの血を引いて方向性さえ決まればわたくしの考えなど凡人であると突き付けられました。姫さまこそこの国の一翼を担う方なのだと、今ではそう実感します」  わたくしは率直な感想を述べた。  だがスフレさまは意外そうな顔をしていた。 「どうかしましたか?」 「いえ、マリアさまはすべてにおいて完璧な方だと思っていましたが、どうもその限りではないようなので」 「姫さまも一人の女の子です。完璧などあり得ません。ですが姫さまは幸運の持ち主ですから、あまり他人に弱みを握られることがありませんからそう映るのでしょう」 「そうだったのですね。ステラさまはどうしてマリアさまの騎士になったのですか?」  わたくしは昔を思い出した。  最初の出会いは舞踏会でのお目付役だった。  その縁があってからはわたくしがその役目を負うことが多くなり、姫さまが王国院に入学の際に側近入りを姫さまからお願いされて、結婚までの間は護衛騎士をすることになっていた。  最初の頃はあまりの仕事の多さに目を回しながら毎日が一瞬で過ぎていった。  学年を重ねるごとに姫さまはどんどん落ち着いていったが、今年は今までの比ではないほど動き回ることになった。 「最初は軽い気持ちでなっただけです。ですが今は少しだけ姫さまのその先を見ていたいと思っております」 「そうなのですね。わたしも直にお話をしたいものです」 「スフレさまこそどうしてシルヴィの文官になられたのですか?」 「わたしはーー」  まだお互いに初めての出会いだったので、身の上話をしてお互いを知っていくのだった。
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