第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

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  「マリアさま、先日はみっともない姿を見せて申し訳ございません。本日は取りまとめをしておりますマークスとルブノタネが出席させて頂きます」 「……本日はよろしくお願いします」 「ええ、よろしくお願いします。今日は良き会にしましょう」  数日前にパラストカーティとビルネンクルベがお互いの誤解から喧嘩していたことを言っているのだろう。  わたしは前回のことは特に気にしていないと笑顔で応えた。  二人は少し腹抜かしのような顔をして、その次の者に譲った。  次はスインゼルの領主候補生がやってきた  この領土はゼヌニムでは南側に位置しているせいか、ビルネンクルベの反対側で離れているので特に確執もない。  仲がよいわけではないが中立に近い立ち位置を保っている。  そして最後にフォアデルへの領主候補生が一人でやってきた。  少しばかり目がきつい人物で、睨んでいるような印象を受ける。 「マリアさま、領主候補生のガーネフと申します。目つきが悪いので態度が悪く見えますが、これが普段の顔なのでご容赦ください」 「わかっています。本日はよろしくお願いします。ところで、今日は二人で参加をお願いしたはずですが」 「それなのですが……」  ガーネフは少しバツの悪そうな顔をしていた。  理由を聞こうとする前に、メルオープとビルネンクルベの生徒が話しているのが見えた。 「そちらと卓を並べてお茶を飲む日が来ようとはな」  メルオープは燃えるような目で静かに睨んでいた。  それを軽く受け流して、マークスはフッと笑った。 「お互いにな、だが前回の件だけは先に謝罪させてもらう。生徒たちに話を聞いたが、誰も知っている者がいなかったと言う。何度か顔を合わせれば一人くらい見覚えがあってもいいのにだ。これはぼくの失態だ。特にマリアさまの前でそなたの顔に泥を塗ったのだ。すまなかった」  まさかビルネンクルベ側から謝罪をするとは思ってみなかったので、メルオープは驚き目を見開いた。  しかし領主候補生なだけあって、すぐに我に返った。 「謝罪を受け入れよう。そして俺たちも謝罪も受け取ってほしい。ルージュたちから話を聞いたが、こちらも見覚えのある顔はいなかったらしい。冷静さを欠いていたとはいえ、あまりにも非礼だった」  メルオープも頭を下げて謝罪した。  お互いに相手だと決めつける証拠がないため、今回の件はお互いに不問ということになったのだ。  そしてルージュとルブノタネも相対していた。 「春の頃はお世話になりました」  ルージュがまず最初に言った。  下級貴族なのに上級貴族に恐れることなく、自信のこもった態度だった。 「ふん、季節祭で俺たちに勝ったからっていい気になるなよ。残りの季節際こそはアクィエルさまに勝利を捧げる」 「ぼくだって主君に勝利を捧げます」  お互いに友好的ではないが、敵意というのもまた違うものを感じた。 「ルージュくんも成長したわね」  やっと名前の間違いも直って、過去のいじめられっ子から成長したなと喜ばしくなった。 「でもルブノタネ……だったかしら。下級貴族の顔を覚えているなんて、記憶力がいいのね」 「マリアさま、御身を攫おうとしたいじめの主犯です」  セルランがコソッと教えてくれて、やっとわたしも思い出した。  あまりにも特徴のない人物だったので忘れていた。  こちらの領土の者たちもアクィエルに挨拶が終わった。  そこで質問の続きを聞き忘れていたことに気が付いた。 「アクィエルさん、少しいいですか?」 「どうかしましたか?」 「フォアデルへの参加者は一人だけですの?」  アクィエルは辺りを見渡して、首を傾げてみせた。 「そういえばいないわね。ガーネフ、もう一人連れてくるように言いましたわよね?わたくしに恥をかかせるき?」 「滅相もございません。ただ少し遅れるようでこの会が始まるまでには来るとは言っておりましたが」  ガーネフはアクィエルの凄む声を聞いても落ち着いた声音だった。  五大貴族より遅く来るなんて、よっぽど大事な用事か馬鹿しかいない。 「では始めましょうか。一人を待っておく必要もないでしょう」  わたしたちはテーブルへと先に向かった。 「あら、少しくらい待ってもいいのよ」  その声には聞き覚えがあった。  今来ていた者たちではない、最後の参加者。  わたしが全く想定していなかった人物の声が後ろの方からやってきた。 「嘘でしょ。この声はまさか」  わたしはゆっくりと後ろを振り向いた。  あり得ないと思いながらもその声には一人しか思い浮かばない。  周りもその声に振り返り始めて固まっている。 「ヨハネ……フォアデルへ」  自然と顔が固くなり、忌々しい名前を口にした。  わたしのそんな声を聞いたのにも関わらず、愉快げにこちらを見ていた。  前と変わらずこちらを馬鹿にしているような顔だ。 「あら御機嫌よう。わたしがいない間に王国院も面白くなっていますわね」 「義姉上、遅れないように言ったはずです。おかげで大変な威圧を受けましたよ」  ガーネフは嘘か本当か、自分がどれだけ大変だったかを聞かせてみせた。  だがヨハネは笑うだけだった。 「わたくしは聞いておりませんわよ、ヨハネ。今回参加することも、こちらに来ていることも」 「アクィエルさま、大変申し訳ございません。急遽弟が来られなくなったので、近くに来ていた義姉上に来てもらいました。義姉上なら代わりを務められるでしょうから、どうか今回ばかりはご容赦ください」  ガーネフが謝罪して、ヨハネも一緒に頭を下げた。  だがこちらは心中穏やかではない。  セルランも顔を青くしているし、ユリナナも裏切ったことで彼女を敵に回したことを理解している。 「これは学生の会よ。もう卒業した貴女はお呼びではないわ。立ち去りなさい」  わたしがきっぱりとヨハネを拒絶した。  だが彼女はハンカチで涙を拭く仕草をしてこちらをからかってくる。 「ひどいですわ。たった数年前に卒業しただけなのにもうおばさん扱いなんて」  だがその泣き真似はゼヌニム領の領土には効いているようで、彼らはこちらに懇願してきた。  まだ彼女の本性を知らない彼らを説得させるのは難しく、もし完全にヨハネに排除したら彼らとの信頼関係が崩れる恐れすら出てくる。 「いいわ。ですが少しでも場を掻き乱すような真似をしたら追い出しますからそのつもりでいてください」 「ありがとうございます。慈悲深いマリアさまのような方がジョセフィーヌに居てくださるのは、土地を出た身としても安心できます。では楽しみましょう。楽しい楽しいお茶会を」  誰も予想できなかったヨハネの参上により、わたしはこのお茶会が一筋縄ではいかないと確信していた。
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