第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

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 話し込んでいると予定したお茶会の時間を過ぎそうになっていた。 「では本日はこのような会に参加してくださりありがとうございます。アクィエルさんの協力がなければこの会自体起こり得ないものでしたでしょう。本当にありがとうございました」 「ふふん、また困った時はわたくしに頼りなさい。ではお先に失礼しますわ」  アクィエルは満足気に退席していった。  他の領土の者たちも続々と帰っていく。  だがまだ一人だけ帰すわけにはいかない。 「待ちなさい、ヨハネ」  バラ園から出ようとしたヨハネを止めた。  ガーネフも一体何があるのか気になるようで、一緒に立ち止まった。  ヨハネは少し嬉しそうに、この状況を予想しているように余裕の表情をしていた。 「どうかしましたか?」 「貴女の目的はなに? 」  わたしがきつい口調で問い詰めた。  だがヨハネは首を傾げるだけだ。 「それは先程申し上げた通り、偶然王都の用事があったのでこちらに来ていたら、ガーネフちゃんから弟くんが風邪を引いて出られなくなったのでわたしに出て欲しいと言ったからですよ。昨日までこのような会があることすら知りませんでしたもの」 「嘘をおっしゃい! どんな情報でも集めようとする貴女がゴーステフラートを取り返そうとするわたくしの行動を把握していないわけがないでしょう!」  しらばっくれるのも大概にしてほしい。  この女は全てを計算に入れて行動するに決まっている。 「義姉上、正直に言った方がいいですよ。マリアさまが納得出来るように」  ガーネフが言った言葉でわたしは確信した。  やっぱりヨハネはこの会を知っていたのだ。 「やっぱりそうなの。ガーネフ、貴方が代わりに答えなさい」 「ちょっと、ガーネフちゃんダメよ!」  初めてヨハネが慌て始めた。  だがガーネフがヨハネ以上の上位者であるわたしの意見を無視できるわけではありません。 「マリアさまがそう仰るなら仕方がありません。包み隠さずお伝えします」 「ええ、聞かせてください」  わたしの領土の者は全員残っている。  まさかガーネフがここまで協力的だとは思わなかったが、これでヨハネの計画の一端を知れる。 「実は昨日のお昼に義姉上にこの会のこととアクィエルさまとマリアさまが大聖堂で話し合いをしたことを話したのです。すると、何よそれ! わたしも参加したい! ちょうど新作のドレスを持ってきていたのよ。初お披露目は明日かしら、と普段はお淑やかな義姉上があそこまではしゃぐのは初めてでしたので、止めることができず連れて行くことにしました」 「……え?」  ガーネフは悲痛な顔をしているが、わたしは呆けるしかなかった。  もっと秘密裏に何かしているのかと思ったら、どうでもいいヨハネのはしゃいだ話しか知れてない。  ヨハネはガーネフに非難げな顔を向けた。 「もうー、やめてよガーネフちゃん! ミステリアスな雰囲気が崩れるでしょ! 」 「可愛らしかったですよ。ただここまで疑われているなら本当のことを伝えたほうがよろしいかと思います」  まるで本当の姉弟のように振る舞う。  わたしは最終確認をした。 「本当に……ヨハネは今日は何か企んでたわけではないですの?」 「だからそう言っているではありませんか。最近はわたしも忙しいから情報を集める時間もありませんもの」  扇子を取り出して泣く顔を隠す素振りをした。  なんだかものすごく馬鹿らしくなってきた。 「分かりました。呼び止めてすいません。わたくしの勘違いだったみたいです」 「いいえ、どんな名君も間違いはあるものです。ただご注意くださいませ。今は何もしないだけですから」  一瞬だけヨハネの雰囲気が変わった。  さきほどのおちゃらけるような態度ではなく、わたしのよく知るヨハネの顔に。  だがその顔をじっくり見る前にバラ園から退出していった。 「マリアさま……」  今のヨハネに何か感じたのはユリナナもだった。  今日はずっと顔色が優れないままだったのだ。 「大丈夫ですよ。ヨハネが何をしようとも跳ね除けます。今日は参加してくださりありがとうございます。ゆっくり休んでくださいね。みなさんも今日はありがとうございます。気を付けて帰ってくださいませ」  今日の参加者たちを見送ってからわたしもバラ園を後にした。  廊下を歩いているとウィリアノスさまが歩いているのを見つけた。 「ウィリアノスさま! 」  わたしは目に入った瞬間、呼びかけた。  するとあちらも気付いたようでこちらに振り向いた。 「おお、マリアか。今日はいつもよりさらに綺麗だな。何かあったのか?」  ……ウィリアノスさまがわたしの変化に気付いてくれるなんて  普段なら恥ずかしがってか特に感想を言ってくださらないのに、わたしを綺麗だと褒めてくれた。 「今日はお茶会でしたから。ウィリアノスさまこそ、本日はいつもより楽しそうですね」 「ああ、明日王都で開催されるマンネルハイムに参加するからな。これから王城へ戻るつもりだ。おっと、ドルヴィとの会食もあるから忙してもらう」 「頑張ってくださいませ」  ウィリアノスが手を振って去って行くので、わたしも手を振って見送った。  そこで後ろにいるセルランとステラが、神妙な顔をしていた。 「えっと、二人ともどうかしましたか?」  二人が何を思っているのか全くわからず聞いてしまった。  するとセルランが重い口を開いた。 「マリアさま、明日のご予定を伺ってもよろしいでしょうか?」  一体何を聞いているのだろう。  わたしは質問の意味が分からなかったが、一応答えた。 「マンネルハイムを観に行きます」  きっぱりとそう言ったらセルランとステラは揃って頭をガクッと落とした。  一体何にがっかりしたのか。 「姫さま、明日はサラスさまと作法の勉強がありますから行けるわけありません」  ステラがきっぱりとわたしの言葉を否定した。  あまりのショックにわたしは倒れそうになった。  どうにかステラに支えられて醜態を晒さずに済んだ。 「お姉さま!」  レティアがわたしを心配して駆け寄ってくれるが、その前にセルランが止めに入った。 「レティアさま大丈夫です。ここはわたしどもが責任を持ってマリアさまを部屋までお連れしますので、本日はゆっくりお休みください」 「わかりました。お姉さま、また夕食でお待ちしておりますね」  レティアの言葉に返事する気力も無く、わたしは完全に落ち込んでしまった。
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