第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

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 最後にユリナナに目を向けたが彼女はもうすでに立ち上がっていた。 「回復薬が必要でしょうから、文官たちに作らせておきますね。三領土では一番魔力も人員もいますので」 「ええ、お願いするわ」  彼女はもう自分の役割を十分理解していた。  あとはジョセフィーヌ領の文官たちも協力すれば問題なく回復薬は集まるだろう。 「さすがはマリアちゃん」  ヨハネが甘い声色で寄ってくる。  わたしは素っ気なく答えた。 「もうわたくしを気にする必要もないでしょ」 「あら、どうして?」  いちいちわたしの口から言わせたいらしい。  だがそれも今日までと思えばまだ我慢できるものだ。 「これでわたくしは次期当主の座に就けないでしょう。そうなれば貴女はわたくしを警戒する必要がないじゃない」  ヨハネはそこで、ああ、と納得した。  彼女にしてはそこまで頭が回らないのは意外だった。  だがそれは本当に些細であると彼女が考えているだけだったのだ。 「そんなことでしたら心配いりませんわ」 「どういうこと?」 「せっかく面白くなってきたマリアちゃんを脱落なんて勿体ないでしょ? わたしがどうにかしておくから気にせずやってきなさい」  ヨハネの考えが全くわからない。  シルヴィが決めることをどうやってヨハネが止めるのか想像ができない。  だが彼女はそれをやると言った。 「そう、今回ばかりは貴女に期待するわ。でもわたくしが当主になったら後悔するわよ?」 「ええ、ぜひとも後悔させてくださいまし」  ヨハネは部屋を出ていった。  何かをするつもりだろうが、今は関わっている時間はない。  絶対の保証はないため、彼女がどうにかしてくれるかは考えないようにしないといけない。  側近たちが全員集まってくる。 「側近たちには迷惑を掛けている自覚はあります。わたくしの我儘に付き合わせてごめんなさい」  わたしは頭を下げて全員に謝罪した。 「一応、わたくしからお父さまにレティアの側近として重宝されるように手を回しますので、なるべく迷惑をかけないつもりではいます」  次期当主の側近として能力を基準に選ばれているので、お父さまも手放すとは思えない。  そのままレティアの側近になれば、どちら側にもメリットがあるはずだ。 「お心遣いは嬉しいですが、わたくしは姫さまの側近以外になるつもりはありません」  ラケシスはきっぱりと拒絶した。  まさかそんなことを言うとは思わず彼女を見た。  その目は、しょうがないな、という顔ではあるが、悲観している目でもない。 「何を言っていますの! 貴女の将来がーー」 「俺だってそうだ。俺は仁義に厚い男なので、命を救ってもらった恩を返すまでは付き従いますよ」  ヴェルダンディも便乗するように言ってきた。 「それこそ、わたくしを守ったのはヴェルダンディであってーー」 「わたくしも付き従います。平民だと油断して大きなミスをしたわたくしを許しくれた姫さまに最後まで尽くします」 「わたくしも最後まで付いていきます!」  リムミントとアスカも迷いなく答えた。  将来を潰してしまうかもしれないのに、どうしてそんなにわたしを信じてくれるのか。 「わたくしが居なくなったらマリアさまを守れる女性騎士が居なくなります。どうかお側に居させてください」 「ルキノまで……」  これでほとんどの者がわたしと一蓮托生を決めてくれた。  最後に一番の親友であるレイナを見た。 「大丈夫ですよ。マリアさまは幸運の持ち主ですから、またどうにかなりますよ。終わってから考えましょう」 「レイナも……わたくしから離れたりはしないですよね?」  ずっと一緒に過ごしてきたためか、どうしても確認しないと気が済まない。  彼女はわたしと共に来てくれるのか。  彼女なら言ってくれると信じてはいるが、心臓が高鳴ってしまう。 「ええ、約束ですから。わたくしがずっとお世話をします。今日も明日も、ずっと先まで」 「ありがとう……、レイナ、みんな」  わたしの心に迷いはない。  側近がこれほどまでわたしに尽くしてくれるのならわたしも返さないといけない。  まだまだ一人ではできないことも多いけど全員の力があれば、次の困難も乗り越えられるはずだ。 「マリアさま! いずこにいますか!」  廊下から大きく叫ぶ声が聞こえてきた。  この場にいない最後の側近がわたしを探して、走り回っているようだ。 「下僕、ここよ!」 「姫さま、淑女が大声を出すものではありません!」  わたしが大声を上げて名前を呼ぶと、叫ぶ声が止まり部屋まで一直線でやってきた。  サラスから叱られたが、今は一大事だから許して欲しい。 「マリアさま、よかった。やっと見つかりました」 「下僕も良いところに来ました。実はーー」 「魔物についてはクロートから聞いているので存じ上げております」  どうやらクロートから下僕へ連絡があったようだ。  それなら手間が省けてちょうどいい。 「マリアさまならすぐにでも動かれると思ったので、事前に各領土へ協力の申請をしてきました。スヴァルトアルフは王族から牽制が入っているので、内密にシュトラレーセが魔力協力してくれるようです。ラナさまが了承してくださいました」  シュトラレーセが協力してくれるのなら、強力な回復薬の予備が準備できる。  わたしのやることを先読んで動くなんてやるじゃない。 「そう、よくやってくれました。そういえば下僕も鎧は使えましたね。貴方にも前線に出ることをお願いしていいかしら」 「もちろんです。マリアさまのお役に立つためにこれまでヴェルダンディから教えを請うたのです。必ずや勝利を捧げます」 「下僕にかっこいいところ取られたな」  ヴェルダンディが笑って茶化した。  だが本当にかっこいいものだ。  全てが終わったら、縁談の協力もしてあげるべきなのかもしれない。  リムミントが数枚の紙を持ってきた。 「そういえば、報告をしていなかったのですが、こちらに現状の状況についてまとめましたので、確認お願いします」  わたしは受け取って読んでみると、概要だけだがあらかた内容を把握できた。 「グレイルが倒したのはシュティレンツのようね。そうなると、次にお父さまがセルランを派遣するとすればーー」  わたしは資料をもとに今後の作戦を先回りするため知恵を使った。  サラスへ損な役回りをお願いする。 「サラス、わたくしたちはパラストカーティへ向かいます。わたくしの予想が正しければセルランは魔力が多く魔物が強くなるであろうゴーステフラートへ向かうはずです。それなら手が回らないパラストカーティをわたくしが処理します。あそこなら魔力が低い、学生でもどうにか対処できるでしょう。だからわたくしたちが出発してからでいいのでお父さまに報告をお願いします」 「今報告されればわたくしとしても嬉しいのですがね」  サラスはもう諦めたような顔をしている。  お父さまに言ったら確実に止められる。  だが説得する時間がもう惜しいので、後で叱られることを選ぼう。  わたしたちの出発は早朝と決まっている。  騎士は早く睡眠を取ってもらい、文官と侍従が徹夜で回復薬を作るのだ。 「お金大丈夫かしら」 「今ぐらいは別のことを心配してくださいませ」  レイナから注意された。
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