第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

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 文官を通してこれからマリアさまとお話する約束をする。  マリアさまの寮にある一般の会議室で待たされた。  その後、マリアさまの側近の侍従であるレイナさまとラケシスさまが主人から命を受けてやってきた。  ただ二人を近くで見ただけで上品な立ち振る舞いと雰囲気に圧倒されてしまった。  マリアさまの側近を知らないものはほとんどいない。  どちらも美しく、それでいて全く性質の違う容姿に男だけではなく、こちらの侍従もまるで恋する乙女のように顔を紅潮させる。  本来使用人の制服であるメイド服は誰が着てもそう変わらないはずなのに、二人が着ると美貌に拍車がかかる。  レイナさまは凛とした顔と佇まいを持ち合わせ、まるで珠玉のようだ。  しかしラケシスさまも負けてはおらず、普段は冷艶な時が多いが今のように笑顔を向けるとそこからのギャップに春の雪解けが起きる。 「大変お待たせしました。姫さまの侍従見習いのラケシスと申します」 「同じくレイナと申します」 「こちらの準備が整いましたので、わたくしが先導致します」  ラケシスさまとレイナさまの後ろを付いていく。  全員が少なからず緊張しながら廊下を進み、尊敬の目が二人の背中を離しはしない。  マリアさまの側近とはこういうものなのだ。  ただ目の前を歩くだけで、ただの貴族ではその格の差に息を飲むだけである。  自分だけではなく、同じくバッジをもらった二人もやっと事の重大さに気付いた。  王者の側にはべるためには自身も王者の格を身に付けなければならない。  楽観的だったことにやっと気付いて、昨日の浮かれようを恥じてしまった。  分不相応という言葉を今より強く思ったことはない。  誰だってマリアさまの側近になれることに憧れるが、実際にその立場に立って想像した者はいない。  普段なら廊下を歩くことなど何も感じないが、今日だけはまるで足が石にでもなったかのように重く感じられた。  案内されたのは、寮の最奥にある部屋。  銀の大扉が厳かな雰囲気を作り、続く部屋にはきっと神がいるのだろう。  ラケシスさまとレイナさまはそれぞれドアのノッカーを持ち、タイミングを合わせて開く。  部屋の中にはクロスの掛かった長方形のテーブルがあり、短辺側の奥に青く艶のある髪が見えた。  昨日その美貌に当てられたのにそれでも衝撃を受けた。  黄金のティアラを頭に乗せ、純白のドレスを身に纏った我らの姫がいたのだ。  おそらく新入生歓迎の式があるため、特別にあしらったドレスだろう。  まだ幼さが顔に残るのに、長い後ろ髪を結って前に垂らしているため爛漫であり、麗姿であり、すべての衣装と装飾品が加わることで天来となった。  真っ先にメルオープさまが挨拶する。 「今日のお導きは光の神ーー」  長い修飾を付けた神への賛辞を述べ、それから同等の感謝をマリアさまに伝える。  マリアさまは笑顔のまま挨拶を受け取る。 「よく来てくださいました、パラストカーティの皆さま。どうぞ席に座ってください」  ここで座るのは領主候補生であるメルオープさまただ一人だ。  お礼を言ってマリアさまと同じ短辺側の逆位置に座る。  メルオープさまが目で侍従たちに合図を送り、持ってきたワゴンから紅茶やお菓子を取り出して、マリア様とメルオープ様に配膳する。  そこでマリアさまの後ろに立っていた女の護衛騎士が毒味のために飲む。  口を付けた部分を自身のハンカチで念入りに拭き取り、飲んだ逆側をマリアさまに向ける。  ……あの方がステラさまか。  女性の騎士でありながら、騎士の成績をトップで卒業している。  そこでやっとマリアさま以外の人物を見る余裕が戻ってきたことに気付く。  その目は自然と憧れてやまない天才騎士へと向けられた。  ……このような近くでセルランさまを見られるとは。  王国院の騎士祭で無類の強さを発揮した最強の騎士。  セルランさまの練度は入学前から最上級生と同格であり、卒業の頃には最強の王国騎士と同格と呼ばれた。  今でも成長し続ける天才は騎士を目指す者の誇りでもあった。  メルオープさまが先に紅茶を飲む。  そこで毒が入ってないことを二重で示す。 「今年も何とか良質な茶葉が取れました。我が領土の特産である紅茶を是非お楽しみいただければと思います。それと茶菓子も用意しました」  メルオープさまが茶菓子を食べ始めてから、マリアさまも紅茶に口を付ける。 「いつも味わう変わらない味ですね。わたくしの管理する領土で一番味の良い紅茶を出せるのはパラストカーティだけですから、楽しみにしておりました」  そう言って二口目を付けてくださった。  だが茶菓子のほうはステラさまが毒味のため一つ食べると首を振る。  及第点では無い様子。 「昨日のお礼が遅れて申し訳ございません。一度は領主候補生の諍いを諌めていただき、二度目はいじめを受けていた自領の学生たちを、そして三度目は毒で命を失いかけた未来ある大事な者たちをお救いいただきました。ささやかな物ではありますが献上品をお受け取りください」  侍従からラケシスさまにワゴンに積まれた金品類を渡して、一度マリア様にお見せする。 「確かに受け取りました。わたくしも大事にしている者たちを失わずに済んだことでホッとしております」  マリアさまの心からの安堵の声を聞いて、慈愛の心を感じずにはいられなかった。  自分のときもそうだが、実験場でも危険を顧みずに毒の中で完璧な対処をやってのけたとのことだ。  医者からもマリアさまの迅速な対応がなければ、全員が命を失っていたと報告があったという。  メルオープさまは笑顔の表情を変えずに、話題を変える。 「今年からはレティアさまも就学されるようで、レティアさまのため、学生たちもより一層勉学に勤しむでしょう」 「そうですね。レティアも院にいる間に三領地の成績も上げたいと言っておりました。是非ともパラストカーティの学生にも協力をいただきたいものです」 「耳が痛い言葉です。騎士の成績ならば好成績をあげるものもいますが、文官と侍従、そして錬金術については成績を上げる環境がなかなか整えてあげられないのです。ですが我々にもやっと闇の衣を振り払いて、光の神を拝められそうです」  メルオープさまの言葉でピリッと場の雰囲気が変わった。  マリアさまの側近は全員ぼくたちを見る。  その視線は一介の貴族では目を逸らさずにはいられなかった。 「わたしが聞いたところによると、パラストカーティの学生が名誉ある側近の証を頂いたそうです。お間違えございませんか?」 「ええそうよ」 「それでそうだーー」 「三人とも側近にしますので準備を進めてくださいね」  ここでメルオープさまの次の発言が封じられた。  近くにいるから分かるが首筋が濡れている。  僕だけでも側近にする算段で話をもっていこうとしたのに主導権を奪われたのだ。  焦りのため文官長を見るが、文官長も目を瞑って何も言えずにいた。  そこでセルランさまがマリアさまの横で跪き発言の許可を求めた。
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