第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

51/73
前へ
/259ページ
次へ
 わたしの声で少しずつざわつきが収まっていく。 「マリアさま! どうか我々を頼ってください!」  メルオープは胸に手を当てて決死の顔を見せる。  だがそれはできない。  もしパラストカーティがシルヴィに逆らえば、すぐさま騎士団が動いて簡単にこの土地が消えてしまう。  結局は意味がないのだ。 「メルオープ、貴方の気持ちは嬉しいですが今無駄に命を捨てることはありません。クロート、わたくしは貴方の言う通り、城へと向かいます。だからどうか今日のことは見逃してもらえないでしょうか」  クロートは眼鏡を手のひらで上げて調整した。 「いいでしょう。わたしは何も見ていませんし、何も聞いておりません。姫さまが戻って頂ければそれで万事上手くいきますからね」  クロートは今回のことは不問としてくれるようだ。  これで全て丸く収まる。 「マリアさま」  メルオープが静かに、怒りを押し殺しながらわたしを呼んだ。 「どうか何かあれば我々をお使いください。我々は貴女こそ水の女神だと思っております」  メルオープは膝を曲げた。  それに倣うように他の騎士たちも膝を曲げていた。 「ええ、貴女たちはわたくしの剣ですからね」  わたしはクロートに連れられて、一度パラストカーティの城に戻ってから馬車に乗ってジョセフィーヌ領の我が家に戻る。  正直体が疲れているときに馬車に長時間乗るのはきついものだ。 「いいかげんこの鎧も脱ぎたいですね」  わたしは鎧を付けたまま馬車に乗っているので、体が重くて仕方がない。  一日くらいゆっくりさせてほしいが、これは自分に返ってきた罰だろう。  そこでわたしのお世話係として、レイナとラケシスは同乗を許されていた。 「このあと、第二都市ラングレスで宿泊をするらしいのでそこまで我慢してくださいませ。少しでも羽を伸ばせるようにわたくしの従兄弟の家で滞在できるようにしましたから」  レイナとは幼馴染でもあるため、その家族とも縁が深い。  レイナと同じく真面目な者が多い家系であるので、わたしに取り入って権力を握ろうとする者はいないのでかなり安心できる。  ラケシスはハンカチを持って悲しんでいた。 「おいたわしいことです。これほどの功績を挙げた姫さまを休ませることなく長距離の馬車で連れ回すなんて。少しは主人の命令ばかり聞くことなく、臨機応変に対応する大人の気概を見せて欲しいものです」 「それはわたしがいないところで愚痴ってもらえないですかね」  クロートは黒い眼鏡をしているせいで表情が見えないが、声的には特に怒っていないようだ。 「仕方がないのですよ。シルヴィの命令を無視した姫さまの行動は様々な人間の心証を悪くしました。ですが、それと同時に下の者のために動く姿勢に心打たれた者も多いのです。ですから今後の姫さまのためにも今はできるだけ従順な姿勢を示さないといけません。シルヴィも姫さまを処罰などしたくないのですよ。だからわたしだけを派遣したのです」  そこで優しいお父さまの顔が浮かんだ。  何だかんだわたしを心配してくれているようだ。  少しばかり悪いことをしたという気持ちが今になってやってきた。 「マリアさま、今回のことはとても素晴らしいことです。元々は王族がスヴァルトアルフの援軍を邪魔したことが全ての原因なのですから」 「レイナの言う通りです。あのガイアノス……さまがドルヴィになるなんて心配しかありません。いっそのこと、ジョセフィーヌ家がこの国を統べた方がいいのではないですかね」  二人から励まされ、なんだか気持ちが温かくなる。 「王族は一体何をしたいのかわかりませんね。現に今回も……いえ、今の発言は忘れてください」 「どうしましたの? 隠されると気になります」  クロートが急に言葉を切るので気になって仕方がない。  聞き出そうとするが、これ以上教えてくれる気はないようなのでわたしは諦めた。  日が落ちる前に貴族街にあるレイナの従兄弟の屋敷へ辿り着いた。  前もって連絡が行っているので、侍従たちとレイナの従兄弟であるこの屋敷の主人が外でわたしを待っていた。  わたしは御礼を告げて、すぐに体を清めた。  そして食事を摂ってから、すぐに眠りに落ちることになった。  朝になり、ドレスへ着替えを始めた。 「ゆっくりできましたか?」  レイナがコルセットを巻きながら心配そうにわたしに聞いてきた。  疲れていたのもあってすぐに寝たので体調が良いくらいだ。 「ええ、ぐっすり眠れました。ありがとうレイナ」 「いえいえ」 「そういえばラケシスは?」  一緒に泊まったはずなので、てっきり朝の支度も手伝ってくれるのかと思ったのだが。  レイナも心当たりがないようだ。 「どうも昨日の夜からクロートと出かけてから帰っていないそうです」 「それって……まさか駆け落ち?」  わたしの言葉にレイナの手の力が緩まった。  お互いに顔を見て、その結論しかないと思ったのだ。  夜に二人で出て行くなんて、何か特別な事情があるに違いない。  でも魔力量的に子供を宿せないのなら、結婚はできないので駆け落ちしか出来なくなる。  まさか自分の側近がシルヴィの側近と駆け落ちするなんて考えられるものか。 「まさかラケシスに好きな人が出来るなんて……。同僚として喜べばいいのか、主君を裏切ったとして憤ればいいのか」 「考えるとこおかしいでしょう! ラケシスだって年頃の女の子なんですから、仕事ができるクロートを好きになっても仕方ないです。でもまさかーー」  そこでドアをノックする音が聞こえた。 「姫さま、朝から妄想たくましいですが、ラケシスさまに仕事をお願いしただけです。わたしはここにいますので、着替えが終わったら呼んでくださいませ」  少しばかり苛立った声が聞こえてきた。  どうやら勘違いのようだ。  わたしとレイナは、ははっ、と笑いあってすぐにドレスを着るのだった。  着替えも終わり、クロートを呼んだ。 「もう、ラケシスにお願いするのなら一言お掛けください」  主人であるわたしに一言あれば勘繰ったりしない。  これはクロートの報告ミスだ。  だがクロートはため息を吐くだけだった。 「昨日伝えましたよ。伝えた後、すぐに眠ったので忘れているだけではありませんか?」  そういえば昨日の夜何か話しを聞いていたような、聞いていなかったような。  わたしはそこで昨日のことを思い出す。 「姫さま、少しばかりラケシスさまをお借りします。内容についてはーー」 「分かりました。報告は明日聞かせてください」  そういえばわたしはあまりにも眠くて、クロートの話を適当に流した。  やっと思い出したので手をポンと叩いた。  そこでレイナから白い目で見られた。 「マリアさま……」  ……てへっ。  眠かったから仕方がない。  まあ特に何か変なことをしていないのならそれでいい。
/259ページ

最初のコメントを投稿しよう!

468人が本棚に入れています
本棚に追加