第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

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「どうかしました、セルラン?」 「お話を遮り申し訳ございません。パラストカーティから側近へと登用するという話ですが、どうか今一度お考えできないでしょうか」 そこでマリアさまの側近は騒つく。 最上位であるマリアさまの意見に楯突くのだ。 当のマリアさまは眉を顰めているため、明らかに打ち合わせとは違う流れになっているのがわかった。 怒りの表情を浮かべたラケシスさまの叱咤が飛ぶ。 「セルランさま! たとえ貴公でもあらかじめ決まったことに対して、姫さまに意見するなど分を弁えてください!」 「いいのです、ラケシス。……セルラン、反対の理由を述べなさい」 ラケシスさまを止めて、セルランさまに理由を問う。 他の側近たちも同じように怒りが感じられ、場の雰囲気が暗くなる。 セルランさまは特に物怖じせずに返事をして意見を述べ始める。 「恐れながら申し上げます。第一にこの者たちではマリアさまには相応しくありません。未来の五大貴族の当主となられるお方の側近はそれに相応しい格が必要です。ましてやパラストカーティにその格があるとは思えません」 「それについては考えがあると言ったはずですが?」 「たしかに後ほどお考えを賜るとのことですが、これ以上話が進んでしまうともう後戻りはできません。どうかその前にお考えの一端でもお伝えください」 マリアさまはゆっくり目をつぶる。 その動作がどういう意味を成しているのかはわからない。 だがすぐにその理由もわかった。 時の静寂で場の雰囲気も幾分和らいだのだ。 側近たちも殺気立った目から冷静さを取り戻す。 ……さすがはマリアさま。 緊張の掛かるこの場の雰囲気を和らげるとは。 配下の手綱はしっかり握っているとのことですね。 マリアさまの落ち着きようは幼い頃に培われた教育の賜物だろう。 これこそが格というものだ。 そこでまた目を開いて、まずは続きを促した。 「まずは考えをすべて申しなさい」 「続けさせていただきます。第二に下位の領地では支度金が払えません。マリアさまが在学中のため、一時金ぐらいなら払えるでしょう。ですが、その後に教養やマナー、衣服や住まいは最低限掛かります。品格を金で買うことすらできないのです」 「そうなのですか、メルオープ」 マリアさまから突然話を振られたメルオープさまは慌てて答える。 「は、はい。マリアさまがかなりのご配慮をしてくれたことで、我々パラストカーティも奈落の底から這い上がる希望を得ました。しかしマリアさまの側近としてお金を準備できるのは、我が領土ではわたししかおりません」 「さもありなん。ですからマリア様、ここはこの者たちの顔を立てて今回の話はなかったことにして差し上げましょう。わたしからの諫言は以上となります」 セルランさまの話で、側近の話は有耶無耶になりかけている。 他の側近たちもこちらの側近入りをあまりよく思っていなかったのか、同調の目が見られる。 セルランさまは話を終えたことで元の立っていた位置へと戻った。 だがメルオープさまはここで話を流すことは避けようとする。 これは我が領土にとっても最期のチャンスかもしれないからだ。 「し、しかし、一人だけなら支援は可能でございます。どうか、後ろにいるルージュだけでも……」 そこでメルオープさまの息が詰まる。 再度、ここにいる側近たちから殺気が飛ぶ。 最たるは、百体の魔物を一人で食い止めた水の女神の盾と同時に百体の魔物を倒した水の女神の剣という二つの称号を手に入れたセルランさまから強烈なプレッシャーが放たれた。 ぼくはただ息を飲む。 セルランさまから無言のメッセージが伝えられたのだ。 その目は、ここに来るのなら相応の覚悟をしてるだろうな、と言っている。 さすがのメルオープさまもこれ以上は喋れない。 全員の意思が、今回の話自体をなかったことにしようとしているのだ。 早くこの場を去りたい衝動を抑えながら、なんとかマリアさまの顔を見た。 ぼくは自分の目を疑ってしまった。 マリアさまが不敵にも笑われたのだ。 「セルラン、あなたの意見は分かりました」 そこでセルランさまを含めて、側近のほとんどが胸を撫で下ろす。 終わったとメルオープさまも力なく座った。 だが、それは早計だった。 「貴方には少し失望しました。わたくしの考えの裏は読んでくれませんのね」 まさかの言葉にセルランさまが、側近全員が背筋を今以上に正して冷や汗を流している。 微笑んでいる姿しか印象のないマリアさまからは想像もできない言葉だった。 それはおそらく側近たちもだろう。 失望したと敬愛なる主人の口から言わせたのだ。 メルオープさまを含めて、こちら側は成り行きを任せるしかない。 「ステラ、ヴェルダンディ、ルキノ、護衛騎士全員セルランの意見とは変わらないのかしら」 護衛騎士の三人とも、セルランさまにも劣らない高名な方達が全員押し黙る。 見ているこっちが気の毒に思うぐらい、全員が顔を青くしている。 ステラさまが断腸の思いで言葉を絞り出す。 「大変申し訳ーー」 「あら、こちらに顔が見えませんわね」 ハッとなり、護衛騎士の三人はマリアさまの真横で頭を垂れる。 マリアさまの言葉の重さはこちらが思っている以上に重いのだ。 「ステラ、答えなさい」 「申し訳ございません。年長者でありながらセルラン以上の考えがありません。姫さまのお役に立てないわたくしめをお許しください」 「そう、ではヴェルダンディ」 「おれ……わたしもマリアさまのお考えについてお戯れだと勘違いして、思考を放棄しておりました。今一度自分を見つめ直させていただきます。何なりと罰をお渡しください」 「……、いいでしょう。後で言い渡します。次にルキノ」 「浅学非才な我が身をお許しください」 護衛騎士全員答えられず、ただ跪くだけだった。
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