第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

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閑話ステラの恋愛話14  どうにかシルヴィに許可を貰えたので事なきを得た。  単純に姫さまに客観視してもらうこととアスカの誕生日会でアスカに元気になってもらうのが目的だったが、流石は五大貴族であらせられる。  全く行動の先読みができない。  だが二人は仲良く談笑しながら屋上に上がっていくので、ひとまず最初の作戦は成功したと思っていいだろう。 「マリアさまは青色がお好きでしたよね」 「そうですね。やはり水の神と縁深いですからね。ですが花火だと青色を出すのは難しいのですよね?」  姫さまはアスカに尋ねた。  アスカはむーと悩んだ。  あまりそっち関連の知識がないが、素材の特性を生かすのが花火らしいので、青の花火は特に難しいそうだ。  わたくしも自分の記憶を探ったが、青色の花火は見たことがなかった。 「できますよ」  少し後ろの方から声が掛かった。  クロートが後ろから付いてきたようだ。 「本当ですかクロート!」  姫さまの笑顔が咲いた。  クロートならそれくらいしても普通だと、前みたいな中級貴族という侮りはない。  アスカは少し訝しげな顔をした。 「どうやってするのですか? わたくしの知識でもやる方法がないのに」 「それはですね」  クロートが懇切丁寧に理論と法則を教えた。  わたくしも聞こうとしたが途中から全く分からなくなった。  だが素材の話だけはわかったが、かなりお金の掛かる話だ。  しかしそれも準備していた。 「本当によろしいのですか? 結構素材も高価のようですが」 「ええ構いません。この件はわたしがもう少し強く言っておけば御二方も気にする必要がなかったことです。些細なお詫びとしてお受け取りください」  どうみても些細な物ではない高級な素材。  わたくしでも一瞬で消える花火のために使うのは躊躇われる。  特にクロートは中級貴族なのでお金も無いはずだ。  一体どこから資金を調達しているのか。 「分かりました。アスカも出来そうでしたか?」 「はい。まさかこんな方法で出来るなんて知りませんでした。よくこんなお金の掛かる方法の理論を知っていましたね」  アスカの問いかけにクロートは肩を竦めるだけだった。 「たまたま知ったのですよ。さて、わたしも用が済みましたのでまた仕事に戻ります」  それだけ言って本当に帰っていった。  わたくしたちも屋上へと向かった。  もう釜を用意してくれているのでそこで調合した。  姫さまの魔力をふんだんに使ったので、少しの時間で全ての準備を終える。  アスカは複雑な魔法陣を描いてから触媒を周りに振り撒いた。 「あとは魔法で打ち上げるだけですね。では行きます」 「ちょっと待ってください!」  姫さまは待ったを掛けて、魔法陣の中に入った。 「わたしも魔法を使えるようになったので一緒にやってみたかったの。やっと一緒にできますね」 「マリアさま……。そうですね! やっぱり最後まで一緒にするのが良いですよね」  アスカも嬉しそうに答えた。  微笑ましく見ていると姫さまがわたくしに目を向けた。 「何をしていますの? ステラも一緒にやりましょう!」 「わ、わたくしもですか?」  急に呼ばれたので思わず狼狽してしまった。  どうしようか、と悩んだがせっかく楽しそうにやっているのに水を差すのも良くない。  わたくしも参加することにしよう。  魔法陣の中に入って、三人の手を空へと掲げた。 「では行きますよ! 」  姫さまのお声に合わせて魔力を込めた。  空高く光が舞い上がり、高く高く上っていく。  見事なお花が空で形作られた。  赤、黄、紫、緑、そして青。 「わー、素敵ですね」 「わたくしも一緒にやりたかった……」  レイナとラケシスがワゴンを引いてこちらにやってきた。  少しばかりラケシスは気分が落ちているが。 「二人ともどうしたのですか?」  わたくしが声を掛けたと同時にさらに後ろからテーブルと椅子を持ってくる、セルランと下僕もいた。  レイナが答えた。 「花火をやると聞いたので、いっそのことこちらでやろうかと思いました」  思い切りの良い子たちだ。  わたくしなんかより断然融通が利く。 「ラケシスもいらっしゃい!」 「喜んで行きます!」  姫さまがラケシスを呼ぶと、一瞬で元気になった。  すぐさまこちらへやってきた。 「ちょっと、ラケシス! ワゴンを運んでから行ってください!」 「申し訳ございません、姫さまのお言葉の方が大切なので、あとはお願いします!」  レイナの言葉を簡単に流した。  不憫なレイナ……。  流石に四人は入らないので、わたくしが場所を譲った。  また花火を打ち上げた。 「楽しそうだな。いつもの姫さまに戻られたか?」  セルランはテーブルを置いてわたくしに近付いた。  見た限りでは元に戻っているがどこか違和感があった。 「そうですね。少しは……ですが」 「うむ、だがさっきよりは少しばかり憑き物が取れた気がするな。あとは時間が解決してくれることを祈ろう」 「ええ、そうですね……。わたくしも準備手伝いますね」  テーブルに軽食を並べた。  全員に下僕からクラッカーというおもちゃをこっそりともらった。  音が大きく、なんだかお祝いするのに合う道具だ。  たまにこういう面白い物を作るので、姫さまが気に入るのも仕方ないのかもしれない。  準備が終わった頃にちょうど花火も上げ終わったようだ。 「さぁ、アスカ座って!」 「えっ、はい」  姫さまがアスカを無理矢理座らせた。  わたくしは姫さまの分のクラッカーを渡した。 「では行きますよ、せーの!」 「「お誕生日おめでとう!」」  姫さまの言葉と同時に全員でクラッカーの紐を引っ張った。  すると大きな破裂音と合唱したお祝いの言葉が響き渡った。 「えっ、えーと、あーそうでした。今日……誕生日でしたね」  アスカはやっと状況に頭が追いついたようだ。  仕事に集中し過ぎて考える暇が無かったのだろう。 「でもわたくしなんか祝われる資格なんか……」  そこで姫さまがしゃがんでアスカより目線を低くしてアスカの手を握った。 「アスカ! 今日は貴女が生まれてくれた日なのよ! そしてまた来年の今日まで元気に生きていくことを約束する日でもあるの」 「約束ですか?」 「ええ、一回の失敗なんていいのよ。だって長い人生で失敗しない方がおかしいの。わたしだって間違えたから今こうして頑張っていけてるんだから!」  姫さまの言葉は何故だが実感が込められている気がした。  それを誰もが感じていた。  そこでわたくしはふと思った。  たまにだが、姫さまのお顔はシルヴィを思い起こすようになった。  それもここ最近の話でだ。  一体何がきっかけで変わり始めたのかは分からないが、どんどん当主としてカリスマを宿し始めている。 「失敗ならいくらでもしなさい。わたしがいくらでもフォローしてあげるから! わたしを頼りなさい!」 「……はい。ありがど……ござい……ます」  アスカは涙を流しながら、姫さまの手に額を付けた。 「あっ、流れ星!」  ラケシスの言葉でわたくしたちは一斉に空を見上げた。  たくさんの空の輝きが天を渡っていく。  流星となって美しい夜空をさらに引き立てた。  これも姫さまの幸運の力だろうか。 「婚約者殿に感謝だな」  セルランがボソッとわたくしに呟いた。  スフレさまに手紙で相談して、人の幸せを祝うことで自分を見つめ直すことができる、という話を頂いた。  ちょうどアスカの誕生日にも気付けてよかった。  二人ともこれからは大丈夫だろう。 「そういえばリムミントがいないな?」  セルランの言葉で全員が、そういえば居ない、と今になって気付いたのだった。 「全くリムミントも仕事に夢中になっているのかしら。彼女にも一言言ってあげないといけませんね」  姫さまはやれやれといった顔をした。  そのまま今日の会は楽しく終わったのだった。 「もう! どうして誰も居ないのですか! てっきり、前の失敗の罰かと思いどれほど肝を冷やしたか!」  どうやらリムミントには連絡が伝わってなかったらしく、一人最初行うはずだった部屋で待っていたようだ。  涙目になっている彼女をわたくしが一人で慰めたのだった。  ……やっぱりわたくしは結婚せずに残った方がいいのかしら。  どうにも心配な主人と臣下たちだ、と今日も思うのだった。
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