第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

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閑話ステラの恋愛話15  どうにか大変な一日も終わり、今日は久々の非番である。  たまにはゆっくりしようと思いたいが、今日もまた忙しい日なのだ。  わたくしと父、母が一緒に食卓にいる。  これ自体は珍しいことではないが、三人で団欒する時間ではない。  侍従が報告する。 「スフレ・ハールバランさまがご到着されました」 「うむ、こちらまでお連れしなさい」  今日は家族とスフレさまの顔合わせだ。  一応何度か会ったことはあるみたいなので、形式上のものに過ぎない。  本当は他にも兄弟はいるが、まだ婚姻が決まったわけではないのでここにはいない。 「あちらに招待された後も何度か手紙のやり取りを続けているそうだが、上手くやっていけそうかね」  お父さまにはこれまでのことはお伝えしている。  だが心配でもあるのだろう。  わたくしはなるべく不安を与えないように答えた。 「ええ、とてもお慕いしております」 「そうか、それならいいんだ。もし万が一だが、万が一だぞ? 合わないと 感じたらすぐに言いなさい」 「あなた、寂しいのは分かりますが、あまり娘に心配を掛けるものではありませんよ」  お母さまがお父さまに注意した。  うっ、と顔を歪ませて特に何も喋らずスフレさまの到着を待った。  すぐにスフレさまがやってきた。  挨拶を終えて、わたくしたちは食事を摂ることになった。  お父さまがまず最初に口を開いた。 「スフレくん、最近は目覚ましい活躍らしいではないか。スヴァルトアルフの噂がこちらまで来るよ」 「いえいえ。わたしはまだ自分のことで精一杯な新米です。先輩方のご指導のおかげでたまたま上手くいったに過ぎません」 「そんなことはない。君のような未来ある若者がわたしの娘を見初めてくれて嬉しく思うよ。他にもーー」  お父さまが何度もおだてるが特に自慢することはない。  本心からそう思っているのがわかる。  ただずっとお父さまの相手は辛いだろうからわたくしもそろそろ話題に加わる。 「そういえばスフレさまに相談したおかげで上手くいきました。本当にありがとうございます」 「いえいえ。マリアさまの噂はここ最近多く聞きます。ですがたとえ名君といえどもマリアさまはまだ学生。多くの不安と重圧が来れば心が擦り切れるものです。そうなる前にお役に立てたのならこれ以上嬉しいことはありません」  スフレさまの言う通りだ。  マリアさまはこれからこの領土を背負って立つお方。  そのためのケアは側近がしてあげないといけない。 「一体何のことだね? マリア姫に何かあったのか?」  お父さまは出来事でしか聞いていないので、姫さまの状況を知らない。  お母さまもそう言った話は気になるようなので、掻い摘んでお伝えした。 「そのようなことが……。マリア姫はこの領土の宝です。この領土の民の一人として感謝をお伝えします」  お母さまが頭を下げた。  続いてお父さまも頭を下げた。 「マリア姫の血筋たるジョセフィーヌとエーデルガルトの歴史は古い。我々エーデルガルトはジョセフィーヌに命を捧げる一族であるからに、もしマリア姫をお助けできない娘だったのなら切り捨ててしまったでしょう」  ゾクっと背中に汗が伝った。  このバカ親である父がわたくしに見せた二度目の殺気。  一度目はわたくしが側近入りした時、そして二回目がこの時だ。  父の誇りはわたくしの誇りではあり、忠義の精神だけは絶対に忘れてはいけないことだ。 「お顔をお上げください。マリアさまとステラさまを救えたのならこれより嬉しいことはありません。同じく主君に忠誠を誓っている身として、長く続く家柄の覚悟を見ました。どうかこれからも色々勉強させて頂ければと思います」  それから些細な話を始めて、気付けば今日の食事会も終わって、わたくしはスフレさまを外までお見送りに行った。 「今日も楽しい食事が出来てよかった」 「わたくしこそ楽しかったです。主君への心構えなど参考になることばかりでした」 「それはわたしも同じだ。ステラさまのマリアさまへの愛情は話を聞くだけでもわかる。少しばかり嫉妬してしまうくらいにだ」 「そう言って頂けると嬉しいです。どうかお帰りはお気をつけてください」  少し名残惜しいがこれで今日はもう帰ってしまう。  スフレさまもこちらに背を向けて馬車に乗ろうとして止まった。  どういうわけか馬車に乗り込まない。 「どうかしましたか?」  スフレさまに問いかけると、こちらを振り向いてまたわたくしの元へ戻ってきた。 「ステラさま、一つだけお聞きしたい」  その目は真剣そのもので、空気が張り詰められる。 「何でしょうか?」 「もし今すぐわたしが結婚して欲しいと言ったら、マリアさまではなくわたしを選んでくださるだろうか?」  突然の言葉にわたくしは何と答えれば良いのかわからなかった。  もちろん、この場なら付いていくと言うのが正解だろう。  だが姫さまのお顔を思い出すとそれが喉から出てこなくなった。 「そ、それは……。もちろんスフレさまのことはお慕いしています。ただ父の言った通りわたくしの家系はジョセフィーヌが全てです。まだすぐに返事は出来ません」  わたくしはエーデルガルトとして満点の答えを出した。  だが今後伴侶になる方に対しての答えとして満点かは分からない。  たまらず視線を背けてしまった。  それは完全に失敗だとわかった。 「そう……ですか。すみません、いきなりこんなことを聞いてしまって。ではまたお会いしましょう」  少しばかり寂しげな声が聞こえた。  わたくしはパッと顔を向けたがもうすでに歩き始めていた。  そのままお引き留めもできず、スフレさまの帰りを見送るしかなかった。
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