第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

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 次に向くのはおそらく文官であるリムミントさま。  ぼくははそう思って視線を先に動かした。  だが思いもよらない人物へと言葉は向かう。 「ディアーナ、ラケシス、レイナ、充分時間を与えましたね。少しは考えがまとまったかしら? そこならこちらからも見えるので、わざわざ来る必要はありません」  ぼくはマリアさまの言葉に少なからず衝撃を受けた。  身の回りの世話を主にする侍従すら意見を求められるのだ。  もちろん、上級貴族の令嬢であり、高等な教育を受けているはずなので、そこらへんの文官よりは頭も回る。  自分がもし側近になったとして、役目を充分にこなすことができるだろうか。  全員が同じように謝罪を口にして、マリアさまに答えることができなかった。  そしてとうとう文官へと話が向かう。  ここで文官の長であるリムミントさまが答えられないとなると、だれもマリアさまの真意を計れていないことになる。  リムミントさまも顔を青くなさっている。  見ているこっちが可哀想だと感じてしまうくらい、マリアさまの崇高なる考えに辿り着くのは、最上位に仕える方々ですら困難であると実感する。 「どうやら、下僕だけのようね。わたくしの考えに気付いているのは」  全員が壁側に立っている方へと顔を向ける。  側近の中で唯一中級貴族としてマリアさまに仕えている、通称下僕。  名前よりそちらの名前が有名なため、ぼくも本名を忘れている。  彼への恨み辛みは、どの貴族でも持っている。  かくいうぼくもその一人だ。  何しろ、どの側近の方も才媛であり高貴な血族であるにも関わらず、唯一の中級貴族としてマリアさまの側近となっているのだ。  誰もが羨み、その地位を欲しているのに、失礼ではあるがあまりにも地味な方である。  だが、今日ばかりは尊敬の目を向けてしまう。  今日だけで、マリアさまの側近は凡人では務まらないことがわかってしまった。  それなのに彼は、誰一人マリアさまのお考えに気付ける者がいない中、答えに辿り着けたという。 「マリアさまがここでパラストカーティの貴族を側近に入れる理由は、これまでの言動から繋げてみると、一つだけ可能性が浮かびました」 「う、嘘をつくな! お前のような人の後ろに立っているしかできない者が誰も推測できなかったマリアさまのお考えにーー」 「セルラン、少しお黙りなさい。他の者は構わず下僕に質問を投げかけてもいいわよ」  マリアさまから無慈悲な言葉が掛けられ口を閉ざす。  また話を続けさせる。 「今まで冷遇されたパラストカーティを側近として迎えるのでは貴族から反感が来ます。そこで昨日の事件を利用したのです。今回かなりの問題をパラストカーティは起こしました。だからこそ今なら特に不審がられずに温情でパラストカーティを優遇したと思わせることができます」  なるほどと思うが少し気にかかることがある。  それを代弁してくるかのようにレイナさまは続けてくれた。 「確かにここ最近パラストカーティへの差別はひどいですからね。ですがそれは自領の問題です。なぜわざわざマリアさまは自ら動かれたのです? 一つの領土を優遇するのは流石に他領も黙っていませんよ」 「マリアさまは一つの領土だけを優遇するつもりがないからですよ」  下僕の言葉に誰もがマリアさまを見る。  何やらこちらが思っていた以上にことはこの場だけでは済まないようだ。  ぼくの頭ではどう頑張っても、一を聞いて十を知ることはできない。 「前にレティアさまは仰いました。学生たちを盛り立てていくと。そして三領地全ての現状に嘆かれていました。マリアさまが妹思いであることは皆さまもよく知るところだと思います」 「なるほど、そういうことですか。やっとわたくしも姫さまの考えの一端が見えてきました。三領地すべての成績をあげるためにまずは一番下の領地から底上げをする下地を整える。もちろん他の領地からも非難がくるがそこで餌を垂らすのですね。マリアさまは大改革をなさるのだから早くこちらの派閥へと入りなさいと。そして我らの派閥をトップへと上げる時が来たとのことですね」  ラケシスさまは嬉しそうに声色をあげる。  今まで見たことがないほどキラキラしており、まるで恋する乙女のように見えた。  ステラさまも会話に参加する。 「でもわざわざ下級貴族を側近に入れる理由は何でしょう? ただメルオープさまにお願いすればよろしかったのではありませんか?」 「そこが肝なのです。もしマリアさまがメルオープさまにお願いをするのでは立場上あまりよろしくありません。なら直接来てもらうため、バッジをお渡ししたのです。本来メルオープさまの領土の貴族では上納金は納められないのは周知の事実なので、なら必ずメルオープさまがやってきます。そして今日この場が整いました。ここまで譲歩したのですから、メルオープさまはもうこちらの派閥に入るしかありません。入らないのならヨハネさまの派閥へ入ると取られても仕方ありません。それはマリアさまを敵に回すということですが」  五大貴族では大きく二つの派閥がある。  正統派のマリアさまの派閥。  そして今なお拡大しているマリアさまの従姉妹であるヨハネさま。  まだ完全にマリアさまが当主となるかわからないのは、ヨハネさまが虎視眈々と当主の座を狙っていると噂されているからだ。  もしマリアさまが当主の座から降ろされた場合には、マリアさまの派閥は転落の人生を歩む。  だがもうパラストカーティはマリアさまの派閥に入るしかない。  ここまで温情を受けて断るなど、逆臣と言われても仕方がない。  メルオープさまも自分たちと同じように迂闊な行動をしたことを心の中で嘆いているだろう。  文官たちが今の内容をすぐさま書きおこしている。  もうこれは先へと進むしかないので、公な話へとなるからだ。 「そして、これから領地の能力をあげて試す場がちょうどあります」 「季節祭」  ここでマリアさまが発言を始めた  主人の言葉に全員が一度発言を止めて、拝聴する。  その堂々した振る舞いは王者の姿であった。 「さすがは下僕ね。わたくしの考えはすべて読まれていました。あとはわたくしが続けましょう。季節祭はみんなが知っている通り王国院の四つの行事です。もともとは五大貴族たちの領地経営の一環として始まったことですが、今回はこれを利用しようと思います。敵がいるから誰もが切磋琢磨するのです。ですが最近は誰も彼も身内内で争ってばかり。いい加減うんざりですの。ヴェルダンディ、騎士の本懐は何?」  突然の問いかけに関わらず、ヴェルダンディはすぐさま答えた。 「我が領土、そして国に仇なす輩を滅することです」 「そうね。リムミント、文官の本懐は何?」  リムミントさまも慌てず冷静な声で答える。 「知恵を絞り、この国の発展に尽くすことです」 「そうよ。ラケシス、侍従の役割は何?」  ラケシスさまは大仰に一礼して、恍惚を浮かべた顔で答える。 「この国に発展をもたらす方に安らぎを与えることです」 「全員が分かっているのなら今後は我が領土を発展させることに尽力しなさい。そしてメルオープ」  メルオープさまは蚊帳の外に置かれていたのに急に呼ばれたことに動揺する。  なんとか返事するが、もうこの場の流れに乗るしかなくなっている。 「ここまでお話したのに断りませんよね?」 「で、ですが肝心の上納金が足りませんので、こちらとしてはどうしようもないのです。て、敵対の意思はもちろんありません!」 「上納金は大丈夫よ。あなたたちのポストは別で用意するわ。五日後に三領地の顔合わせがありますので、そこで発表します。ここからはまだ貴方達にお話することができない内容なの。一度退出願えますか?」  こうしてぼくたちは退出となった。
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