第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

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 俺の名前はヴェルダンディ。  代々続く騎士の家系であるため、マリアさまを御守りする護衛騎士に就くことができた。  シルヴィの命令無視で監禁されそうになったが、どういうわけかそれは有耶無耶になった。  戦いも終わったので、学生たちは次々に王国院へと戻っていった。  俺も傷をすぐさま治して、王国院へ戻るのだった。  今日は側近の集いもあるため、マリアさまの部屋へと向かう途中に同僚であり友人でもある、通称“下僕”を見かけた。 「おはようさん!」  俺が声を掛けると下僕も気付いて挨拶を返した。 「おはよう、ヴェルダンディ」  どうもやる気があるのかわからない顔だが、こいつはなかなか凄いやつだと思っている。  特に知識に関しては尊敬すらしている。  上級貴族の俺と中級貴族の下僕では受けられる教育に差が出てしまうはずなのに、勉強では全く敵わない。  マリアさまの側近はもう誰もこいつのことを侮ったりしない。  妬むのは大概が側近になれなかった努力をしないやつらだ。  俺はそういった努力家なところも気に入っている。 「マリアさまのところだろ? 一緒に行こうぜ」 「うん」  二人で並列して歩いた。 「マリアさまがお咎めなしで良かったぜ。一体何があったんだろうな」 「どうもドルヴィから秘密裏に命令されていたことになっているみたいだね」  ……ドルヴィから?  一体どうして王族からそのような話が来るのだ?  まずあいつらが妨害したせいでマリアさまが出陣しないといけないくなったのに。  メラメラと心の中が荒ぶっていくのを感じた。  どうも最近は王族が調子に乗り過ぎている。  ガイアノスさましかり、ウィリアノスさまもだ。 「一体どういうことだ?」 「さあ、ぼくもこれ以上は分からない。もしかしたらヨハネさまが動かれたのかもしれない」  そこで俺はヨハネさまの言葉を思い出した。  “わたくしがどうにかしておくから気にせずやってきなさい”  本当に何かやったのだろう。  正直どんな魔物よりも恐ろしいのはヨハネさまだ。  本気でヨハネさまが動かれたら、俺もマリアさまを守り切れるか自信はない。  あれは人間を越えた化け物だ。  考えるだけで鳥肌が立ってくるので別のことを考えた。 「まあ深く考えてもしょうがない。本当は王族がしっかりしてくれればな。前のこともあるがウィリアノスさまにもがっかりだよな」 「唐突だね。でも気持ちは分かるよ。あのマンネルハイムでしょ?」  流石は話が分かる。  ゼヌニム領とのお茶会の次の日にあった、ウィリアノスさまの試合のことだ。  あの後教えてもらったが、これまで頑張ったマリアさまのためにセルランとステラが示し合わせて、サラスさまに嘘の体調不良を伝えた。  これまで頑張ったのに抑圧するのは可哀想だと俺も思う。  せっかくの気晴らしだから楽しんでもらおうとしたが、まさか大勢の前でマリアさまを落とす発言をされ、かなり傷付いていらっしゃった。 「ああ、危うく切り捨ててしまいそうになったよ。魔力量以外はカリスマも全くないしな。顔はまあ……俺と互角くらいかもしれないが」 「そこは張り合うんだね……。でもあまり王族批判はしないでおこう。マリアさまが悲しまれることだけは避けないと」 「分かっているよ。ここだけの話だって。おっと、着いたな」  マリアさまの部屋に辿り着くと、もうすでに全員が待っていた。  だが側近でない者が一人だけいた。 「あれ、クロートも来たのか?」  下僕の兄貴で、マリアさまと同じ高魔力を表す蒼い髪を持っている。  どうして中級貴族がこれほど魔力を持っているのか分からないが、腕も立ち、頭も切れるので、セルラン以上の化け物だと思っている。  でも兄弟のためかどこか下僕と似ているのでわりと話がしやすい。  クロートは眼鏡を上げ直して答えた。 「ええ。重大なお話があります故。詳しくは姫さまの前でお話をしますね」 「まあ、二度手間だしな」  俺は納得した。  そこでセルランが一度咳払いをした。 「無駄話はここまでだ」  セルランの言葉で全員が静かになった。  そしてセルランがノックした。 「マリアさま、側近一同揃いました。入室の御許可をいただけますでしょうか?」 「はい、入室を許可します」  入室すると、護衛騎士、文官、侍従で並んだ。  もうすでにカジュアルなドレスに着替えており、また一段とお美しくなったような気がした。  俺も成長している自覚はあるが、マリアさまはそれ以上に見識を広めており、同じ十二歳と思えないカリスマを持ち始めている。  ヨハネさまのは心を鷲掴みする威圧感があるが、マリアさまのは居るだけでこちらの心に安らぎをもたらしてくれる。  春の頃からはもう別人だと言っていいだろう。  優しくこちらに微笑んでくれるだけで、先程の愚痴がどうでも良くなる気がした。 「みんな、集まってくれてありがとう。色々迷惑を掛けてごめんなさい。でもわたくしへの罰は全て免除されましたので、継承権も変わらずあります。念のために確認ですが、全員がわたくしに付いてきてくれると思っていいかしら?」  側近全員が頷いた。  それを見てマリアさまは少しホッとしたように感じた。 「ありがとう。その件の話はリムミントからまとめた物を共有してくださいな」 「かしこまりました」  リムミントの資料は読みやすいので適任だ。 「それとは別で大切なお話があります。これまでわたくしの護衛騎士として支えてくれたステラが結婚の準備のために今日限りで退職します。ステラ、こちらへ来てください」 「はい」  ステラはスヴァルトアルフの文官と結婚すると聞いている。  どこかお節介焼きで面倒くさいところもあったが、それでも熱心に色々教えてくれるので姉貴的存在だった。  こうして実際に居なくなるとなるとやっぱり寂しいものだ。  マリアさまはテーブルの上にある包装された小箱を二つ渡した。 「一つはわたくしの側近を離れるので、別のバッジをお渡ししますね。もし何かある時はこれを見せればすぐにわたくしに通してくれるでしょう。何か困ったことがあったら何でも頼ってくださいね。スヴァルトアルフへ攻め込むくらいならしますよ!」  マリアさまならやりかねない。  ステラも苦笑いだ。 「そうならないように気を付けます。もう一つは何ですか?」 「開けてみて」  マリアさまに言われるままその箱を開いた。 「これは……指輪? それも魔道具ですか?」 「うん、わたくしが作った指輪です。たくさん魔力を込めたからどんな攻撃だって跳ね返します」 「姫さまがわたくしのために……。本当にありがとうございます」  ステラは少し泣きそうになりながらお礼を言った。  マリアさまの高い魔力で作られた魔道具は欲しくても手に入れられる物ではない。  おそらく単純な効果しかないだろうが、それでもどんな魔道具よりも価値がある。  だがそんなものはこの魔道具を価値を表す一部分でしかない。  贈り物をもらったステラの気持ちがわかる。  ステラはその指輪を左手の中指に付けた。 「春の頃はまだ魔法を使えなかったのに、こうやって素敵な物を作れるようになって嬉しい思いです。どうかこれからも御身体をご自愛くださいませ」 「ステラもね。貴女はわたくしの姉のようでした。いつでも顔を見せにきてね」  マリアさまとステラは抱き合って、お互いの未来を祈った。  拍手をして、ステラの門出を祝う。  ステラはこちらに戻ってきた。 「では今後のステラの代わりですが、クロートが護衛騎士としてわたくしの側近になってもらいます」  ……え!?  クロートはシルヴィの文官だ。  それなのに護衛騎士とはどういうことだ。  もしかすると知らないのは俺だけかと周りを見渡した。
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