第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

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 あたふたしているアリアの代わりにラナが答えた。 「大変申し訳ございません。アリアは継承権も低いので、まだどこかに嫁がせるかも決まっておりません」 「ふむ、そうか。だがガイアノスがアリアを狙っているはずだが、悠長にそんなことを言っていてもいいのか?」  ラナの目が細まった。 「一体どういうことです?」  わたしも知らない情報なので、しっかり聞き出さないといけない。  もしかして、魔物討伐の時にわたしに預けたのと何か関係があるかもしれない。 「確かにガイアノスさまからそういうお話は来ましたが、シルヴィ・スヴァルトアルフからお断りしてもらったはずです」 「そんなものでガイアノスを押さえつけられると思っているのか? 誰にも気付かれずに誘拐して事実だけ作ればもう逃げることもできない」  二人だけでどんどん話が進んでいく。  わたしは隣に座るアリアにコソッと聞いてみる。 「アリア、一体どういうこと? ガイアノスから求婚されているの?」 「はい……、どうやら魔力が釣り合う方がほとんどいないのでわたしを選んだみたいです」  またガイアノスは淑女への接し方がなっていない。  権力があればなんでもしていいと思っているのだろう。 「だが一つだけ、ガイアノスに手を引かせることができる」  全員の目がウィリアノスさまに向いた。 「お前が誰かと婚姻を結べばいい。そうすればガイアノスも手が出せないだろう」 「わ、わたしが?」 「確かにそうです。でも、それは厳しいことです。アリアと魔力が釣り合うのは王族や五大貴族しかおそらく居ないでしょう。今現在、独身の男性はかなり少ないです。第二夫人として入るしか無い状態では、わたしの父も送り出すことができないのです」  ラナの意見ももっともだ。  貢献度も上位であるシュトラレーセの領主候補生が第二夫人にされたら、第二夫人という立場上冷遇されるのは目に見えている。 「そうだな……、それについては後日良い案がある。だからーー」 「あの、皆さま? 大変話が弾んでいるようですけど、わたくしもお話に参加してもよろしいですか?」  カナリアがウィリアノスさまの言葉を遮った。  その言葉から少しばかり怒気を感じた。  そこでサラスたちが次のお菓子を配膳した。  説明はレティアが行った。 「これはカカオというのを使って作りましたの。パラストカーティで生産していたものを偶然知ってから、お菓子として転用しました。少し苦味を残しているのですが、それがとても紅茶と合うのですよ」  真っ黒いクッキーで、まるで焦げているように見えるがとても美味しいのだ。 「本当に美味しいです!」  アリアは幸せそうに食べている。  可愛らしい顔に思わず撫でたくなる。  空気も元に戻り始めた。 「そういえば、先ほどマリアさまに献上したのですが、是非とも婚約者でもあるウィリアノスさまにも読んで頂きたいのです」  思わず咽せかけた。  先ほどもらった、脚色された伝記がウィリアノスさまに渡った。  止める暇もなく、顔を隠したいほど恥ずかしくなった。 「ああ、噂になっていたエンペラーの話か。少しだけ今読んでもいいか?」 「え、ええ! 是非とも」  ……もうどうにでもなれ!  是非とも変なことが書かれていないことを祈ろう。  真剣にその本を読んでいたウィリアノスさまが急に小さく笑った。 「流石にこれは盛り過ぎではないか?」 「ええ、本当にそう思います。すごく美化されてーー」 「パラストカーティがマリアに付いていくわけがないだろ。あんな野蛮人どもが」 「え……?」  わたしは耳を疑った。  確かにこれまでは暴力に訴えかけることも多かったパラストカーティだが、それもめっきり無くなって先生たちからの評価も上がっている。  手紙でもその報告はウィリアノスさまにしている。 「それにこの竜殺しの話もだ。ドルヴィの騎士団長でも勝てなかったエンペラーだぞ。おおかたセルランが倒したのだろう。次期当主となるマリアの箔付けをしたいのかもしれないがあまりにも誇張が過ぎると簡単に見破られるぞ」 「ウィリアノスさま、それはマリアさまではこんなことは出来ないと仰るのですか?」 「当たり前だ。まだ十二歳のマリアにそんなことが出来るわけないだろう」  カナリアの言葉を一蹴した。  わたしは言葉を失った。  今まで全部手紙で伝えているが、全く信じてもらっていなかったということだ。 「ウィリアノスさま、お姉さまはパラストカーティの人心を得て、誰もが恐れる怪物に前線に立って戦い勝利を収めました。何度もお姉さまは手紙でお伝えしているはずです」 「手紙? ああ、そういえば来ていたな。どうせ王国院のことだろうから、新しい情報もないだろ? それにそんなに大事な情報なら側近たちから入るから特に読んでいない」  まるで頭を殴られたような衝撃が来た。  どおりで全く話が合わないはずだ。  読まれていないのなら、わたしの近況について知るはずがない。 「それにパラストカーティは逆賊の領土だ。俺がマリアと婚姻した後は領主を俺の言うことを聞く人間に代えようと思ったところだ」 「ウィリアノスさまは婿入りでございますので、そのような実権は握れないのではないでしょうか?」  ラナの指摘にウィリアノスさまは意外そうな顔をした。 「何を言っている。マリアではそのような政治について全く分からないだろ? 政治は男の仕事だから俺がするのが妥当だろう。それにゴーステフラートもゼヌニムに寝返ろうとしていたからな。一度誰のおかげで魔力が維持できるか教えたほうがいいだろう」  それが当然だとウィリアノスさまは疑問一つない。  たしかに昔ならウィリアノスさまに権限を与えたかもしれない、だがーー。 「ウィリアノスさま……、わたくしは貴方に政治の権限を与えるつもりはありません」  もしわたしの領土を知らないのに、知らないまま何かをしようとするならそれは許してはいけない。  だがウィリアノスさまは怒気を孕ませ、低い声を出した。 「どういうことだマリア?」  ウィリアノスさまに反抗したのは恐らく初めてだろう。  声が震えないようにゆっくり話す。 「ジョセフィーヌの領土はわたくしが治めるべき地です。これはジョセフィーヌとして生まれたわたくしの役目。たとえウィリアノスさまといえども、譲るわけにはいきません」 「何を言っている? 女のお前が、勉強だって当たり障りのない程度しかやっていないお前に務まるわけがないだろ!」  ウィリアノスさまが大きな声を出すので、わたしの声も釣られて大きくなった。 「ウィリアノスさまはパラストカーティの屈辱もゴーステフラートの焦燥もシュティレンツの虚無も知らないではないですか! 簡単に領主を代えれば良いと言うお方に統治は任せられません」  わたしは強くウィリアノスさまを否定した。  初めての拒絶にウィリアノスさまは戸惑っていた。  ウィリアノスさまは立ち上がって、わたしを説得しようとしてくる。 「考え直せ、マリア! お前のことを分かってやれるのは俺だけだ。お前にとって辛いことは全て俺がーー」  分かっているのは、その言葉を聞いた瞬間、頭の中で何かが切れたことだ。 「ならどうして一度も手紙を読まずにいられるのですか!  一度だってわたくしが欲しい物は贈ってくださらないですし、わたくしに逢いに来てくれたことも一度たりともないではありませんか! どうして、エルトのように甘いお言葉をかけてくださいませんの! どうしてガイアノスから守ってくださいませんの! 困った時にわたくしを案じる言葉を掛けてくれたことがありましたか!」  今までの不満が一気に爆発した。  涙が溢れてくるのを止めることができない。  このようなお茶会でするべきではないことはわかっている。  サラスが急いで止めようとしたが、もう堰き止めるものがなくなったかのように全てが流れ出した。 「どうして公衆の面前でわたくしではなく、アリアを頼ると口にできるのですか!」 「一体何のこと……、あのマンネルハイムに来ていたのか……」  どうして許嫁のわたしではなく他の女性を頼ると口にできるのか。  サラスがわたしの肩を抱いて、全員にお詫びをする。 「姫さま、どうか落ち着きくださいませ。皆さま大変申し訳ございません。姫さまは少しお疲れのようですので、今日はお茶会を終わらせていただきます。埋め合わせは後日にさせていただきます」  わたしはサラスに連れ出されて、一度部屋へと戻った。
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