第四章 学術祭は無数にある一つの試練

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第四章 学術祭は無数にある一つの試練

 目の前に群衆が見える。  たくさんの人が詰めかけて、何やら叫んでいた。  その中にはヴェルダンディがいた。 「お前のせいでおれは死ぬところだった」  リムミントとアスカがいた。 「貴女の適当な命令のせいで将来が断たれかけた」  ラケシスがこれまで見たことないほど軽蔑した目をこちらに向けていた。 「こんな人のために他領に行ったわけではないのに」  ステラとディアーナはただこちらを哀れみの目で見ていた。  そしてわたしの前にヨハネが現れた。 「はぁ……、本当に愚図ね。マリア・ジョセフィーヌ」  その目には激しい殺気が蠢いていた。  息が詰まるほどの威圧感に呼吸が苦しくなる。  突如光に包まれた。  その光は優しくわたしを元の世界へと帰した。  目を覚ますと、見慣れない部屋だった。  一体どうしてこんなところで寝ているのか思い出せない。 「ここは……」  体を起こそうとするがなかなか力が入らない。 「マリアさま!」  レイナがベッドの上にいるわたしを覗き込んだ。  ずっとそばに居てくれたのだろう。 「レイナ? ごめんなさい、変なところで眠ったみたいで」  淑女として自分の部屋以外で眠るのはあまりよろしくない。  またサラスに怒られるだろう、と考えていたがレイナから何も返事が返ってこない。 「レイナ?」  わたしが再度呼びかけると、はっ、となった。 「いえ、大丈夫です。マリアさま、昨日のことはどれくらい覚えています?」 「昨日? 昨日はたしか、お茶会をしてーー」  そこでやっと思い出してきた。  お茶会でウィリアノスさまと喧嘩した後、お父さまが幽閉され、そしてヤギの頭が大量に降ってきた。  あまりにも色々なことが起きたせいで、感情の制御ができなくなってしまい、魔力を抑えきれなくなったのだ。 「みんなは無事ですか!」  わたしの魔力が暴走したのなら、寮全体が無くなってもおかしくない。  これまで限界だと思っていた魔力よりもさらに体から吹き出てきた。  それはクロートですら、同調で止めることができないほどに。  わたしの心配を和らげるようにレイナは優しい声で答えた。 「大丈夫です。クロートのおかげで、マリアさまの部屋以外には魔法陣で結界を瞬時に展開したようです。クロートもわたくしの魔法で癒したので、もう働いています」 「そう……」  流石はクロートだ。  だが何かが解決したわけではない。 「お父さまはどうなりました?」 「依然、情報が掴めていないようです」  おそらくクロートが情報を集めるため頑張っているのだろう。  もし不当な拘束なら、わたしが全騎士を束ねて王都へ攻め込まないといけない。  だが、攻め込む危険のあるわたしをどうして捕まえようとしてこないのか。  それと王国院内も秩序が乱れていないかが心配だ。 「レイナ、一度王国院にーー」 「ダメです。王国院内もその件が知れ渡ってからかなり殺伐としております。身体が良くなるまではマリアさまの離宮で療養していただきます」  どうやらレイナは見張り役としてもいるようだ。 「レティアもこちらに避難しておりますの?」 「はい、今は何が起きるか分からない時ですから」  一つの不安が減った。  レティアが無事で本当に良かった。 「一応自衛ができるヴェルダンディとルキノには王国院に残ってもらっています。何かあれば彼らから報告があると思います」 「そう、二人には深追いをせず危なくなったらこちらに来るように言ってください」 「かしこまりました。さあ、マリアさま。まだ魔力の消費に身体が付いていってないと思いますので、療養に専念しましょう」 「分かりました。その……、眠るまで手を握ってもらっていい?」 「構いませんよ」  レイナの手を握り、人の温もりを感じながらわたしはまた眠りに付いた。  離宮で数日が経った。  王国院ではジョセフィーヌ領と王族の領土が揉めることが多くなっている。  理由はシルヴィが幽閉されたこと、そしてもう一つはわたしがウィリアノスさまに恥をかかせたことだ。  あの件でウィリアノスさまはたいそうお怒りだそうだ。 「姫さま、前から欲しがっていた詩集をお持ちしました!」  ラケシスがそう言ってわたしに詩集を差し出した。  普段なら喜ぶが今はそれを読む気力がない。 「ありがとう。そこに置いといてください」  お礼を言って、詩集はテーブルに置いてもらった。 「ねえ、ラケシス。お父さまのことで何か進展はありますか?」 「いいえ、ございません。ですがもうしばらくすれば何かの誤解だと分かるはずです。それまではここでお待ち下さい」  ラケシスはお皿を下げていった。  一応魔力も元に戻ったので、前と同じように活動はできる。  何もしないまま時間だけが過ぎていくので、気晴らしがてら一度部屋の外へ出た。  あてもなく歩くと声が聞こえてきた。  声の方へ向かうとそこは通信の魔道具が置いてある部屋だった。  ……誰が話していますの?  わたしはそっと扉に耳を付けた。  使っているのはクロートのようだ。 「ユリナナさま、そちらの状況はどうです?」 「王族の領土の学生がこちらに手を出してきますので、一度状況が落ち着くまでは寮から出ないようにしています」 「そうですか。カオディさまもメルオープさまも同じですか?」 「シュティレンツは同じです」 「パラストカーティも同じです。ただマリアさまは本当に大丈夫でしょうか? ヤギの頭を見たという者もいます。あの大爆発のせいで、生死すら危うんでいる者もいます」  王国院はわたしが考えていた以上に関係に亀裂が入っているようだ。 「姫さまは無事です。ただ、まだ万全の状態ではありませんので、もうしばらく謁見はご遠慮ください」  面会は全てクロートが止めてくれているようで、どおりでわたしのところに誰も来ないはずだ。 「クロート殿、一つだけお聞きしたい」  カオディがクロートへ質問した。 「マリアさまが春にシュトラレーセの学生を毒殺しようとした。カジノに通っている。平民の商人グループを使って依存性の高い薬等を売っている。この前の魔物はマリアさまが呼び寄せた、と噂がーー」  カオディの言葉を聞いて、わたしは扉から思わず耳を離した。  またもや夢のことが思い出された。  次第に嫌な噂や贈り主のわからないヤギの頭が何十も送られる。  嫌な噂とはこれのことだったのだ。  やはり夢で言われた予知の内容は一切変わっていない。  ……このままウィリアノスさまとすれ違ったままではいや!  もし死ぬとしても、好きになった人にだけは分かってもらいたい。  わたしは部屋の窓から抜け出すのだった。
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