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わたしの名前はアリア。
このまえのお茶会でわたしはマリア姉さまを傷付けてしまった。
そのことをずっと考えている。
今は離宮で療養しているらしく、想像以上に体調をわるくしているようだ。
「ーーっ、アリア!」
わたしは、はっ、となり、お姉さまがわたしを呼びかけているのにやっと気が付いた。
「は、はい!」
「……あまり思い詰めたら駄目よ」
「はい……」
「それで話の続きだけど、シルヴィ・ジョセフィーヌがドルヴィによって捕らえられているけど、スヴァルトアルフは関与していないみたい」
わたしは少しホッとした。
これほど交流を深めてきたのにいきなり手のひらを返したのでは、マリア姉さまたちに申し訳が立たない。
「でも、マリアさまがあそこまで心を乱されて、魔力を暴走させるなんて。噂ではヤギの頭と思われる黒こげのものがあったとか」
「闇の神からの誘いですか」
闇の神からヤギの頭が贈られるということはその者に関心があるということ。
そしてヤギの頭が来た場合には、遠からず死が訪れる。
だがどういうわけか、ヤギの頭が来るのは領主候補生以上の魔力が高い者だけだ。
一体どういう意図があるのかは、神のみぞ知る。
「ウィリアノスさまもまさかあそこまで短慮な方だなんて思いもしませんでした」
「ウィリアノスさまがですか?」
「ええ、あのお茶会の顛末を自分のことを棚に上げてマリアさまを落とすだけ落としています。そのせいで領土間で溝ができる始末。少しは先を視る力を持って欲しいです」
珍しく言質を取られないようにするお姉さまが王族批判をした。
だがわたしは素直に批判できなかった。
どうしてなのだろう。
「アリア、これから魔法棟へ行くと思いますが、くれぐれも護衛騎士から離れるのだけはしないでください。今は何があるか分かりませんから」
「はい」
わたしは部屋を出て魔法棟にある研究所へ行った。
頭がもやもやするときはここで実験をすると、夢中になって時を忘れさせてくれる。
マリアさまの研究所へ入ると、もうすでに誰が来ていた。
「遅かったな」
「ウィリアノスさま!?」
わたしは駆け寄っていった。
王族である彼だが、もう長い間研究を手伝ってもらっているのである程度知った仲になった。
「あのぉ、この前マリア姉さまがあのようなことになったのですからお見舞いに行かれたほうが……」
「うるさい、あいつのことは口にするな。いいから実験するぞ」
なんだかピリピリしたものを感じる。
わたしは器具を準備して魔法の調合を始めた。
「お前はあの時俺が悪かったと思うか?」
いきなりウィリアノスさまが切り出してきた。
わたしは何と言えばいいか分からない。
一応濁すようにしよう。
「ごめんなさい、わたしではよく分からなくて」
「そうか……」
少し無言の時間が出来た。
そこでまたウィリアノスさまが口にした。
「アリア……、お前は王女になりたくはないのか?」
「……えっ? そうですね、領主ですら大変でわたしでは無理だと思いますので、王女になんてなったらそれこそ土台無理な話です。マリア姉さまくらい才覚に優れていれば別なんでしょうけど」
わたしはははっ、と笑っていったが、ここでマリア姉さまの名前を出すのはいけないことに今気づいた。
「無理じゃない。俺はーー」
「……えっ」
ウィリアノスさまが何かを言うまえにわたしを引き寄せた。
そしてさっきまでいた場所に炎が過ぎ去っていった。
そこには黒いローブを被った変な仮面を付けている者がいた。
体格からして男なのだろう。
「一体何者だ? お前のその格好は毒殺未遂の犯人の素性に似ているな」
仮面の男は答えずこちらに走り出した。
それを護衛騎士の二人が前に立ちはだかってくれた。
「「アリアさまに危害は許さない!」」
二人の騎士は同時攻撃を仕掛けた。
どちらも実力は申し分ない、はずなのだが。
「「がはっ!」」
一瞬で二人とも吹き飛ばされた。
人間とは思えない化け物だ。
まるでマンネルハイムでみせたセルランさまのようだ。
「下がれ、アリア! 俺がやる!」
「は、はい!」
仮面の男はトライードを取り出して、ウィリアノスさまと切り結んだ。
ウィリアノスさまは魔力が高い分、身体強化でかなりの向上が見られた。
互角の戦いをしており、場所を大きく使って走り回っていた。
「お前、只者じゃないな」
ウィリアノスさまは相手の懐に入って連続攻撃を仕掛けたが全て避けられた。
その返しとして、蹴りを入れられて吹き飛ばされた。
「うぐっ!」
その隙が大きなものになった。
仮面の男から水の濁流が出されて、ウィリアノスさまを壁ごと吹き飛ばした。
そして彼は下まで落ちていくのだった。
残るのはわたし一人。
そうなると出来ることはない。
わたしも急いで外へ逃げようと穴の空いたところに走った。
だがそれよりも早く仮面の男が追いつく、蹴り上げた。
「かはっ!」
魔道具のおかげでダメージはないが、宙を舞って何度も地面をバウンドした。
だがおかげで壁に近くなった。
騎獣を出そうとしたときにはもうすでに水の濁流がわたしへ放たれていた。
魔法棟の外へ弾き飛ばされた。
「きゃああああ!」
わたしは悲鳴を上げるしかない。
あまりにもテンパってしまい、騎獣を出す詠唱ができない。
このままでは地面に落下して、魔道具でも耐えきれないほどの衝撃が来るに違いない。
「アリア!」
声の方向を見るとウィリアノスさまが騎獣に乗ってこちらに来た。
わたしを抱き抱えて一度下まで下ろしてくれた。
まだこちらの命を狙っているのかもしれないと思ったが、どういうわけか空を飛んで逃げていった。
「俺がいながらお前に危険な目に合わせてしまったな」
ウィリアノスさまは申し訳なさそうにしていた。
しかしわたしは助けてもらったので、特に不甲斐ないなどと思わない。
「いいえ、ウィリアノスさまが近くに居て助かりました」
頭を下げてお礼を言った。
そして頭を上げるとウィリアノスさまと目が合った。
「アリア、この前のお茶会で俺が言ったことを覚えているか?」
「誰かと婚姻を結べばガイアノスさまも手を出せなくなるというお話ですか?」
ウィリアノスさまは頷いた。
確かにそうすればいいのだろうが、相手がいない以上どうすることもできない。
「ですがまだ小さなわたしを好いてくれる殿方はーー」
突然ガシッと両肩を掴まれた。
一体何事かとウィリアノスさまを見た。
彼は自信満々に熱量を持った声で言った。
それと同時にマリア姉さまの姿が見えた。
……マリア姉さま!
体が反射的に動こうとした。
「俺はお前が好きだ!」
……えっ?
体が硬直して、ウィリアノスさまを見た。
そして次にマリア姉さまを見た。
かなり呼吸が乱れており、長い時間走ったのだろう。
そして、その顔はこの世の絶望を表しているようだった。
「ま、マリア姉……さま?」
雨が降り始めた。
小振りの雨が降ってくる。
マリアさまの目から涙が溢れていた。
何も言わず、嗚咽すら出さず、気高き女神がただ涙を流していた。
わたしの声でウィリアノスさまもマリアさまに気付いた。
「こ、これは、違うんだ、マリア! お前にもしっかり説明をするつもりだ。俺も王になることができる。そのためにーー」
ウィリアノスさまの言葉は最後まで続かなかった。
マリアさまから魔力を解き放たれた。
わたしとウィリアノスさまは吹き飛んだ。
起き上がったときにはすでにマリア姉さまはどこにもいなかった。
……わたしがマリア姉さまを裏切った。
とてつもないショックが来た。
わたしはこれまで色々お世話になった方に仇を返したのだ。
「大丈夫か、アリア?」
ウィリアノスさまから手が伸びた。
わたしはその手の方へ腕を伸ばした。
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