第四章 学術祭は無数にある一つの試練

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 目の前にトライードが迫ってきていた。  動くこともできない。  セルランクラスの一撃なんて防ぐことが出来ない。  本物の殺気がわたしを殺そうとした。 「セルランぁああ!」  その瞬間誰かが叫びながらわたしとセルランの間に割って入った。  同じ蒼い髪を持ったクロートがトライードで止めてみせた。 「どけえええええ!」  セルランは止められても動じることなく、クロートに連続攻撃を行った。  しかしその攻撃にクロートは付いていく。 「やっと化けの皮を剥がしたな」  クロートはまるで最初からこのようになることが分かっていたような口ぶりだ。  セルランはその言葉を聞いて、さらに殺気立つ。 「お前なんかいらない! 邪魔をするな!」  セルランはブレスレットを使って身体強化をさらにあげた。  そしてクロートも同じくブレスレットで身体強化を使った。  最強の騎士の動きに難なく付いていくクロート。 「邪魔をするさ!」  何度もトライードをぶつけ合って、お互いに勝ちを譲らない。  だがわたしには勝負なんてどうでもいい。 「どうして殺そうとするの?」  わたしの言葉にセルランはピクッと反応するのみ。  涙が溢れながら、彼の真意を聞く。  だが彼は一言発するだけだ。 「死んでくださいマリアさま」  クロートの攻撃を上手く潜り抜けてわたしの元へ来ようとしている。 「しまった!?」  クロートでも追いつけないほど速く動く。  またもやわたしにトライードを振り抜いた。 「僕がさせない!」  次にわたしを守ってくれたのは下僕だった。  騎士として訓練しているので一撃をどうにか弾いた。  しかし二撃目は防ぐことができないだろう。 「早く逃げなさい!」  クロートが追いつき、セルランを退ける。  下僕はわたしを騎獣に乗せて飛び立った。  二人はその後も戦い続けた。  わたしと下僕だけは空へと上っていく。 「どうして……セルラン……どうして」  何でセルランがわたしの命を狙うのか分からない。  どうして嫌なことは連続して起きるのか。  わたしは何を最優先に考えればいい。  頭がぐちゃぐちゃになり、呼吸が苦しくなっていた。 「マリアさま、温かい風を出して乾かしますね」  比較的温暖な王国院でも冬は流石に寒く、それも雨で濡れているとなると体温がどんどん奪われる。  風が暖かい。  だがそれでも心の空虚だけは埋まらない。 「ねえもう疲れた」 「マリアさまは頑張りましたからね」 「もう死にたい」 「……どうしてです?」  わたしは思ったままを口にしているだけだ。  理由なんてありすぎてもう自分でもよくわからない。 「少し長い飛行になりますがよろしいですね」  わたしは答えなかった。  それを了承と取ったのか、下僕は構わず騎獣で空を駆ける。  長い時間、空を進んでいく。  下僕から眠い時は寝てもいいと言われていたので、下僕に体を預けて仮眠を取った。  少し眠ると気分が幾分マシになった。  見覚えのある場所が見えてきた。  ゴーステフラートだ。 「綺麗な緑ですね」 「はい」  どこもかしこも緑があり冬にみえない。  そして次はシュティレンツが見えてきた。  そこも緑が多かった。  さらにパラストカーティにも行ったが、境界線がどこか分からないほどの緑があった。 「前ははっきりと境界線が分かったのに」  シュティレンツとパラストカーティの境界線は分かりやすく、緑地と荒野で別れていた。  それなのに今はそんなことはない。 「マリアさまがやったことですよ」 「わたしが?」 「マリアさまが動かれたからこのように土地が回復しています。もちろんその弊害はありました。魔物が発生したり、他領から妬まれたりと。でもこれまで魔力不足で困っていた土地がここまで回復したのです。他の領土だってきっと良くなります」  下僕はさらに飛行を続けている。  そこでわたしは一つ疑問に思った。 「魔力は大丈夫なの?」  前はパラストカーティに行くだけで魔力がキツキツだったのに、今日はそこまでキツそうではない。 「もちろんです、と言いたいですが、一度飲みますね」  そこで初めて下僕は回復薬を飲んで魔力を回復した。  しかしそれはまだ一回だけだ。 「いつのまにそんなに魔力を増やしたの?」 「毎日コツコツときついことをしたためです」 「そう……魔力は将来を左右しますからね」 「ぼくは特に将来なんてどうでもいいですけどね」 「なら何で魔力を上げたの?」  わたしが尋ねると下僕は頬をかいていた。  少しばかり頬が赤い。 「ぼくがマリアさまをお連れして全領土を回るためです」 「わたしのために?」 「はい」 「どうして?」 「ぼくがマリアさまと回りたかったからです」  真面目な顔で言われて、思わずわたしは吹き出した。 「何よそれ……たまに下僕はおかしなことを言うわね」 「結構かっこよく言ったつもりですが……、でも笑ってくれて良かったです。魔力が増えたから研究も一気に進みましたしね」 「研究? そういえばホーキンス先生のもとで学んでいましたね。何を研究していましたの?」  そういえばわたしは下僕が何を学んでいたかをしらない。  特に研究発表をしたことがなかったので、勝手に成功していないからだと思っていた。 「大切な人が大変な時に助けられる研究です。まあ、一つはもうやる必要が無くなりましたけどね」 「人のためなんて素敵ね。下僕ならできるわ」 「ぼくは一人のためですが……」  下僕は言葉を止めた。  わたしは不審に思って、下僕の顔を見た。  すると視線が横に向いていた。  わたしもその方向へ目をやると、複数の騎獣がこちらにやってきていた。 「おーい! マリアさまは無事か!」  ヴェルダンディが元気よくこちらにやってきた。  その他にもルキノ、ラケシス、メルオープも来ていた。  さらにわたしの捜索に出ていた騎士たち百人ほどいた。  いつのまにか下僕が報告していたようだ。 「マリアさまはこんなに助けたではありませんか。どうか生きてください。ぼくたちにはまだ貴女が必要なんです。貴女が幸せになるためなら何でもします。だからどうか笑った顔で応えてあげてください」  わたしを探しに来てくれた騎士たちが全員集まった。  一度降りて、全員に向けて笑顔を向けた。 「心配をお掛けしました。知っての通りわたくしお転婆ですの」 「第一声がそれかよ!」  ヴェルダンディが言ったことで全員の肩の力が抜けた。 「今わたくしたちの領土は大変な状況です。シルヴィが捕われの身であり、王族の領土とは一触即発、セルランが……」  なぜ彼がわたしを裏切ったのかは分からない。  でも彼も泣いていた。  わたしは戻らないといけない。 「わたくしも目が覚めました。わたくしたちはこれまで力を尽くしました。みんなの協力でこれほど領地が盛り返しているのに、他の領土からとやかく言われる筋合いはありません。みんなもそう思うでしょう!」 「「そうだ、そうだ!」」  全員が同調の声を上げた。 「ドルヴィだろうとわたくしたちに指図する権利はありません!」 「「そうだ、そうだ!」」  全員がまた大きく同意の声を上げた。 「勝手な言い分ばかり言うウィリアノスなんてわたくしから結婚なんてお断りよ!」  そこで一度周りがシーンとなった。  そういえばまだ婚約破棄していないのに、わたしから言うのはまずかったか?  だがヴェルダンディと下僕は笑い始めた。 「そうだそうだ! あんな男なんてやめちまえ!」 「負けた言い訳をする男なんてマリアさまには合わないですよ!」  二人が同調したところで、他の面々も同意の言葉を上げた。  思ったよりも罵詈雑言が出始めてきて、わたしが逆に面食らった。  ……みんな語彙が豊富ね。 「姫さま、ご無事で良かったです」  ラケシスが温かいフードを私に被せてくれた。 「迷惑を掛けましたね、詩集を読みたくなってきました」  ラケシスは笑顔を向けた。 「戻ったらお持ちしますね」 「ありがとう……レイナにも心配掛けましたね」  そこでラケシスが少し暗い顔をした。 「どうかしました?」 「それが、今どこにいるのか連絡が付かなくなったのです」  セルランの件もあり、早く王国院に戻らないといけない。  わたしたちは再び騎獣で戻るのだった。
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