第四章 学術祭は無数にある一つの試練

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 試験がもうすぐではあるが、わたしは一度ジョセフィーヌ領の自分の家に戻った。  理由はステラの結婚があるからだ。  一度こちらで婚姻の儀を行ったあとにスヴァルトアルフでも行う。  お互いの派閥を呼び合うためだ。  わたしは部屋で支度をしていた。 「今日くらいは誰かに代わってもよかったのに」  わたしはレイナに言った。  今日はレイナも参列するので、普段よりも綺麗になっている。  翆色のドレスはとても綺麗だ。  もちろん元々可愛いが、最近は特に綺麗になっていると思う。  そんな彼女は困ったような顔をした。 「そうなのですが、もうこれが当たり前になりましたので」  わたしはしょうがないと思いつつもやはり彼女に支度をしてもらうのが一番良い。  もう何年も一緒にいるせいで半身のようになったのだろう。 「そういえばあのあとセルランとは何か話しました?」 「いいえ、一言も話してはいません」  レイナが避けているというようもセルランが彼女を避けているようだ。  嫌いとかではなく、どうやら接し方が分からなくなっているようだ。 「そう……」 「マリアさまが気にする必要はありません。それよりもマリアさまが次の相手を探すことのほうが大事です」 「うぐっ!」  わたしは婚約者がいなくなったので、次の相手を探さないといけない。  ただ問題はわたしの魔力と釣り合う男性が居ないことだ。  わたしの婚約破棄の噂はすぐに広まり、次々とわたしと縁談をしたいという話がきた。  だが再度測定したわたしの魔力量を公表してからはパタっと途絶えた。  あまりにも魔力量に差があると子供を宿せないので、それでは婚姻が意味を無くしてしまう。  当主として次代に繋げることは何よりも大事なのだ。 「でも測定前も他者の追随を許さないほどの魔力量だったのに、あの爆発の一件からまた跳ね上がりましたね」  レイナの言葉に少し暗い気持ちになった。  確かに魔力が増えるのは喜ばしい。  ただあの件の時点でウィリアノスとの結婚は不可能だったのだ。  それほどまで魔力に差が出来てしまった。 「今のところマリアさまと結婚が可能なのは、ガイアノスさまとクロートくらいですかね」 「どっちも嫌よ」  ガイアノスは論外として、クロートの場合はこれまで怒られすぎたからだ。  もしわたしの夫になったら小言が増えるに違いない。 「そうしますと他国の王族をお招きするとかですか?」 「それも一つの案でしょうね。それはお母さまが考えてくださいますでしょう」  どんなに考えてもわたしでは答えが出ない。  他国のツテならお母さまの方が多いのでわたしは話が来るのを待つだけだ。  わたしは婚姻を結ぶ大聖堂ではなく、先にステラの部屋へと向かった。  外にいる騎士に取り次いでもらって中へ入れてもらった。  部屋の中には白いベールを付けたステラがいた。  その顔は幸せそうで、とても騎士として戦場へ赴いていたとは思えない。  高貴な騎士が女の子になっていた。  わたしはあまりにも美しい彼女に見惚れた。 「おはようございます。姫さまに参列してもらえるなんてとても嬉しいです」 「こっちこそ。今日はいつも以上に綺麗よ、ステラ」  わたしは彼女の近くに寄った。  彼女の顔をもっと近くで見たいからだ。 「姫さまが大変な時期にわたくしだけが離れるのをお許しください」  彼女はすごく申し訳なさそうに言った。  もう騎士の任は解いたのに真面目な彼女だ。 「そんなことは気にしなくていいわ。今日は貴女のための一日なんだから」  優しい微笑みがもたらされた。  次にわたしはセーラを見た。  ステラの従姉妹であり、わたしも何度も会っている。  素直な彼女はもうすでに目元が赤くなっていた。 「今日はお越しくださりありがとうございます」 「貴女の話はよくステラから聞いています。わたしの大事な彼女をこれほど祝ってくれる貴女がいて良かった。今後ともよろしくね」 「はい……」  セーラはこっちの領土に残ることになっている。  他の侍従が付いていくので彼女とも今日が最後なのだろう。 「では先に大聖堂で待っていますね。みんな今日の貴女をとても見てみたがっていましたよ」 「ふふ、少しは見惚れてくれるよう上品に歩きますね」  ステラは何もしなくても十分に綺麗だ。  わたしは大聖堂へと入り、一番前の席へ向かった。  もうすでに他の側近たちも後ろの席に座っており、わたしも横に長い椅子に座った。  神父が声をあげた。 「これから新しい道へと向かう夫婦を迎えよ」  入り口が開けられて、二人の男女が入ってくる。  一歩進むたびに参列した者たちから祝福の声が上がる。  真面目そうなスフレという男性は少しばかり表情が硬い。  他領なので少しばかり緊張しているようだ。  だが一度ステラの顔を見ると少し落ち着いたようだ。  幸せそうな顔にわたしまで幸せになっていく。 「ステラ、おめでぇどう!」  ヴェルダンディが男泣きをしていた。  彼は何だかんだステラに可愛がってもらっていたからだろう。  こういうところが可愛いのだが。  それを聞いて女性陣も貰い泣きをしていた。  セルランとクロートは少し無愛想だ。  一瞬セルランとステラの目が合った。  ただセルランは首を縦に振るだけだった。  それで何かを通じ合ったようだ。  さらに前へと進み、次はわたしと目があった。  スフレもわたしを見て頭を下げた。 「結婚おめでとう。これまでありがとう、これからもよろしくしてください」  わたしがそう言うとステラは涙を流していた。  だがすぐにその涙を拭いて神父の元へ歩いた。  二人が神父の前に立つと神父が両手を水平に上げた。 「汝スフレ・ハールバランは、この女ステラ・エーデルガルトを妻とし、光の神が来た時も闇の神が来た時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、闇の神が審判を降すまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか?」  神父の言葉にスフレは力強く答えた。 「誓います」  次にステラに向けて話す。 「汝ステラ・エーデルガルトは、この男スフレ・ハールバランを夫とし、光の神が来た時も闇の神が来た時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、闇の神が審判を降すまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか?」  神父の言葉にステラは優しく答えた。 「誓います」  その言葉を聞いて、神父はわたしたちに声を向けた。  その時わたしたちの体から淡い光が立ち上り、水の神に奉納された。 「キャウ!」 「ギャフン!」  目の前に水の神の眷族である、クリスタライザーとフヴェズルングが空を舞っていた。  わたしたちと同じようにステラを祝福してくたようだ。  全員がこの景色に驚きつつも、神父は言葉を纏めた。 「皆さん、どうやら神々も祝福してくれているようだ。お二人の上に神の祝福を願い、結婚の絆によって結ばれた。このお二人を神が助けてくださるよう祈りましょう」 「我らが光の神デアハウーー」  神の名前を出そうとした時、天から大水が神父にだけ降り注いだ。  どういうわけか、新郎新婦は全く濡れていない。  上を見上げるとフヴェズルングがケラケラと笑っていた。  ……あのイタズラ狼め!  シスターたちが一度神父をタオルで拭いた。  気を取り直して、また話し始めた。 「水の神が祝福したのですから水の神へ御礼を言うべきですね。では改めまして。水の神オーツェガットよ、我らに恵みを与えし万物の長に感謝を捧げよう。あなたが我らに命と愛を与えてくださった。そして今日夫婦の愛を祝福してくださいました。今日結婚の誓いをかわした二人に、満ちあふれる愛を注いでください。二人が愛に生き、健全な家庭を造りますように。困難にあっては助け合い、多くの友に恵まれ、結婚がもたらす恵みによって成長し、健やかなる生活を送ることができますように。では水の神へ感謝を捧げてください」  わたしたちは水の神へ魔力を送った。  それを見た眷族たちは喜んでいる。  そして神父が二人に最後の役目を告げた。 「では二人とも誓いを立てなさい」  二人はお互いに向き合った。  見つめ合い、誰もが憧れる瞬間がやってきた。 「前に送った耳飾りの花は君の名前と同じステラだそうだ。花言葉は、小さな強さ。わたしは貴女が持つ人のために生きる強さに憧れた。そんな貴女を支えたい。どうかわたしを受け入れてくれるか?」  スフレはさらに半歩ステラに近づく。 「このお花には話言葉がもう一つあるそうです」  スフレは口が固まった。  どうやらステラはすでに何の花か知っていたようだ。  おそらくスフレも予想だにしなかった返答だったようで、まるで時が止まったかのようだ。  少し周りが騒ついた。  そしてステラは続けた。 「家族、だそうです。わたくしにぴったりですか?」  ステラも半歩近づいた。  わたしは初めてステラのお茶目なところを見た気がする。  普段はかっこいいという形容詞が似合う女性なのに、普通の恋する乙女が顔を赤く染めていた、 「それはこれから二人で叶えていこう」  二人はゆっくり顔を近づけて唇を重ねた。  ステラへ祝福が賜ることを今日は何度も祈るのだった。
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