第五章 王のいない側近

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第五章 王のいない側近

 突如として目の前が真っ黒になり、謎の蒼い口が現れた。  前は白かったのでまだマシだったが、さすがに蒼の口は生理的に受けつかない。  その口は何だか慌てているようだった。 「よく聞いて! 絶対~~と~~を死なせてはだめ!」 「はっ?」  誰かの名前を叫んでいるようだが、肝心の部分が聞き取れない。  わたしは再度説明を求めた。 「一体どういうこと? もう少し説明しなさい! 誰を助ければいいの!」 「干渉が……ならいいわ。貴女は自分の思うとおりに動きなさい!」  前に夢の中で色々と教えてくれた白い口より説明が下手でイライラが募る。  だがそこでこの黒い空間が消えて、また現実の世界へと戻された。 「どうかしましたか?」  下僕がわたしを心配そうに見ていた。  一体今の光景は何だったのか。  その時魔法棟から爆音が響き渡った。 「な、なに!?」 「マリアさま!」 「姫さま!」  セルランとクロートが騎獣に乗ってわたしの側にやってきた。  ムーサも異常事態に気付いて学生たちに指示を出した。 「先生たちは魔法棟を見にいきなさい。生徒は上級生を中心に固まっていなさい!」  混乱が生じる前に指示を出したことで、学生たちも円滑に行動ができた。  だがわたしは先ほどの蒼い口を思い出した。  このタイミングで現れたので何か関係があるのかもしれない。 「セルラン、クロート、わたくしを連れてあそこへ行きなさい!」 「なっ、何を仰います!? そのような危険なことをーー」 「クロート、お願い! これは大事なことなの!」  クロートの言葉を遮ってわたしは再度お願いをした。  迷っているが今はその時間も惜しい。 「おい、わたしの後ろにマリアさまを預けろ」 「なっ!?」」  セルランが下僕に指示を出した。  だがクロートは非難げにセルランを見た。 「わたしとお前がいればマリアさまをお守りできる。下僕、お前も盾くらいならできるだろ?」  セルランは下僕に尋ねると不敵な笑いを作って下僕は答えた。 「もちろんです」 「なら決まりだ。お前はどうする?」  セルランはクロートに再度尋ねた。  口を歪ませて悩んでいるが結局は折れてくれた。 「分かりました。ですが絶対にわたしたちと離れないでくださいね」 「ありがとう、みんな!」  わたしたちは魔法棟へ向かった。  ムーサから静止の言葉が飛んだが今はお行儀良く聞いている場合じゃない。  魔法棟の壁が破壊されている。  そこからフードを被った者たちが出てきていた。  その場所はホーキンス先生の研究所があるところだった。  フードを被った者たちはわたしたちに気付いてすぐさま逃走した。 「姫さま、外でお待ち下さい。わたしが中を見てきます」 「お願いします!」  どうしてホーキンス先生を狙ったのか分からない。  ただ先生の無事を祈るだけだ。  しばらくしてクロートが出てきた。 「先生はおりましたか?」 「残念ながらおりません。いくつか作業中と思われる痕跡があったので、おそらくはあの者たちに連れていかれた可能性が高いです」 「そんな……」  敵を追いかけたいがあまり深追いをしてはこちらも危ない。  毒殺や犯罪組織など彼らの行動がよく分からない。  一度先生たちにこの場を引き継いだ。  だがこれだけで終わるものではなかった。  お母さまから緊急の通信が来たのだ。 「お姉さま!」 「レティア、よかった。貴女も来なさい」 「はい!」  レティアと共に通信の魔道具がある部屋へと向かった。  すぐに水晶に魔力を通した。  お母さまの顔はかなり疲弊している。 「お母さま、どうかしましたか!」  次から次へと何かが起こり、わたしも平常ではいらない。  用件をすぐに聞いた。 「マリア、レティア……、わたくしの可愛い子たち。よく聞きなさい。協定はドルヴィより破られました。今こちらに大勢の騎士たちが攻め入ろうとしていると報告が入っています」 「そんな……」  お父さまのことは全く解決に向かわないと思っていたが、まさかいきなり攻め込もうなんて。 「防衛の魔道具があれば数日持ち堪えられるはず。その間にわたくしも戻ればーー」  だがたとえドルヴィが率いる軍勢だろうと簡単には攻め込めれないはずだ。  そのための魔道具だってある。  しかしお母さまはわたしの言葉を遮った。 「もう全てが遅いのです。彼女にしてやられました。まさかヨハネがあの場所を知っているなんて。当主しか場所を知らない防衛の魔道具の大元を破壊されました」  またもやヨハネが絡んでいる。  何度こちらを苦しめればいいのだ。 「いいですか、貴女たちはジョセフィーヌの希望です。スヴァルトアルフに助力をお願いしましたので、しばらくは匿われなさい」 「お母さま! わたくしもすぐに戻って手伝います!」 「なりません。貴女が戻ったところで意味がないのだから。隠れていたヨハネの派閥も動き出して、もう内部から崩壊しています。この城はもう保たない」  ヨハネの派閥は分かりやすい人間もいるが、ずっと息を潜めている者もいる。  おそらくは何人もお父さまの派閥として嘘を吐き続けたに違いない。 「セルラン、クロート、どうかこの子たちをお願いします。ジョセフィーヌの血があればいつだって復活します。元気でね、二人とも。また会いましょう」  そこで通信が途絶えた。  お母さまは城で最後を迎えるつもりだ。  わたしは激情が出かけたが、レティアが涙を静かに流しているのに気付いた。  声を押し殺しているのだ。 「お母さま……」  上に立つ者としてしっかり躾けられている。  だからわたしも感情で左右されるわけにはいかない。  突如扉を蹴破られた。  大勢の騎士が詰めかけており、王族領の者たちだった。  そしてその中には、ドルヴィの騎士団長がいた。 「お久しぶりですな、マリア・ジョセフィーヌさま」  セルランとほとんど互角と言われているほどの達人であり、鍛え抜かれたその体は鎧越しでもわかった。 「ええ、騎士団長も堕ちた称号ね。協定を破るような最低な主人を持って」 「主人を侮辱することは未だ当主にすらなっていない貴女が言っていいものではない」  殺気が漏れていた。  どうやら主人を貶したことで怒っているようだ。  だがわたしだって怒っている。 「そこを退きなさい」 「できかねますな」 「そう、なら捕まっていなさい」  わたしが水晶を横にずらすと魔法陣があった。  いつかこうなるかもしれないと予想していた罠だ。  わたしが魔力を通すと部屋の中から鉄格子が出現して、騎士たちを全て捕まえた。 「ぬおおお!」  騎士団長は頑張って抜け出そうとするが仲間たちに圧迫されて動けないでいた。  一人だと相手するのも大変だったが、大勢で来たことが仇になった。  魔力を加えれば加えるほど強度と締め付けを強くする。  わたしの魔力に敵う人間がいない以上、この拘束は絶対に破られない。  クロートが懐にあった袋を取り出して魔法を唱えた。  すると攻めてきた騎士たちは全員眠りについた。  もう安心なのでわたしは魔力を解除した。 「お見事です、姫さま」 「こんな小物と戦っている時間が惜しいです。セルラン、クロート、お母さまを救出します、付いてきなさい」 「お姉さま!?」  レティアはわたしの言葉に不安になっていた。  もしわたしが戻らなければ彼女が一人になる。 「大丈夫です。すぐわたくしもスヴァルトアルフに向かいます。わたくしの側近を連れて先に行ってください」 「危険です姫さま! ヨハネさまが前に出ている以上、姫さまのこの行動を読んでいるかもしれない」 「ええ読んでいるでしょうね」  わたしは肯定するとクロートは絶句した。  一体どうしてそこまで分かっているのに向かおうとしているのかわからないと顔が言っている。 「もしここで次期当主であるわたくしが城を捨てて自分だけ逃げたと知れば、完全にわたくしの求心力が失われます。たとえ敵わなくとも、わたしが助けようとした事実が必要なのです。それが未来に繋がる」 「それは……自分の命を犠牲にするということですか?」  クロートは沈んだ声で聞いた。  わたしが口を出すよりも早くセルランが背中を叩いた。 「何を迷っている。わたしかお前がいれば姫さまを無事に連れ帰るくらい訳ないはずだ。主人の意向を最大限聞いてこその臣下だ、違うか?」  セルランの言葉にクロートは口を歪めていた。  しかし最後には折れた。 「分かりました。ですが装備だけしっかりしていってください。流れ矢で死んだなんてことは絶対にないように」 「もちろんです」  わたしは部屋に戻り、すぐに鎧へと着替えを始めた。 「マリアさま、本当に行かれるのですか?」  レイナが心配そうに聞いてきた。  だがもう心は決まっている。 「ええ、ヴェルダンディとルキノ以外は全員スヴァルトアルフまで逃げなさい。学生たちも帰省をするだろうから、しばらく自領から出ないように通達してください」  ディアーナとラケシスに指示を出して、すぐさま通達を急いだ。  わたしの側近がジョセフィーヌ領に戻ると何をされるかわからない。 「マリアさま、どうかわたくしをお連れください」  レイナは真剣な目でわたしを見た。  だが侍従の彼女を連れていくのは足手纏いだ。 「ダメです。危険な戦場にレイナを連れて行けない」 「どうかお願いします! 嫌な予感がずっとするのです。マリアさまが居なくなってしまいそうな」  悲痛な叫びがわたしを迷わせる。  頭では連れて行ってはいけないとわかっている。 「それにエイレーネさまを救出したあとに誰もお世話をできる者がいません」  確かに彼女の言う通りだ。  おそらく妨害が入って真っ直ぐにスヴァルトアルフへ行くのは困難だろう。  そうするとしばらくは世話をしている者がいないと困るのはわたし自身だ。 「分かりました。ただし鎧は絶対に着ていくのよ」 「はい!」  すぐにわたしたちは中庭へ集合して出立をする。 「わたくしが前もって作っておいた魔道具です。一人一個しかありませんが身につけておいてください」  わたしは全員に魔道具である指輪を与えた。  大きなダメージを防いでくれる。  さらにもう一つ保険として効果を付与している。  向かうのはわたしとレイナ、セルラン、クロート、下僕、ヴェルダンディ、ルキノだ。  わたしを守るための人員は多い方がいいので下僕にも来てもらう。 「おいおい、レイナも来るなんて大丈夫なのか?」 「もちろんです。マリアさまのお世話がわたしがします」  ヴェルダンディは肩を竦めた。  何を言っても無駄だとわかったようだ。 「では行きましょう」  それぞれ騎獣を出して空を飛んだ。  もう時間がないので全速力でわたしの城へと戻るのだった。
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