第五章 王のいない側近

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 わたしは心の中で自分が落ち着いているかを確認する。  もし間違えればわたしの身も危ない。  シルヴィを絶対に怒らせてはいけない。  それはどの貴族も知っている当たり前の常識だ。  普通なら萎縮して話すことなどできない。  だがわたしは落ち着いていた。 「シルヴィの仰るとおりです。何も庇護されないわたくしたち姉妹の生きる道は一つ。強い者に守ってもらうしかありません」  シルヴィは満足そうに頷いた。 「うむ、良き判断だ」 「ですがシルヴィ? わたくしならば自分一人の魔力以上の貢献ができます」 「何だと? それは何だ?」  ……食らいついた!  たとえ上位領地といえども魔力はいくらあっても足りない。  ここからはわたし自身を売り出す。 「伝承を解いて見せます」 「伝承だと? あの噂のことか。お前たちが勝手なことをしたせいでこちらは神からの対価が増えているのに、我らもやったら同じように他領からバッシングが来るではないか」 「本当にそうでしょうか?」  シルヴィの言葉が止まった。  わたしは流れを持っていく。 「もしここで伝承を解くことで魔力不足が解決するのならどこの領土も欲しがるはずです。何故ならやれば土地が回復するのですから」 「うむ……」  シルヴィは悩み始めた。  これらないける。  わたしはさらに言葉を続けた。 「どうして伝承が封印されているのかという謎を解かなければなりません。わたくしたちは選択を迫られています。このままいつか土地と共に滅びるか、可能性に掛けるか」 「だがもし神の怒りを買ったらどうする? わたしは領土全てを守らなければならない。絶対成功するという言葉がなければわたしはお前の勝手を許すわけにはいかない」 「そうですか……、残念です。もうすでに全領土の伝承は解放していますが」  シルヴィは目を見開いた。  周りも騒ついており、誰もそのことを知らない。 「おい! 伝令を持ってきている者はおらんか!」  シルヴィの言葉を聞いて文官たちが慌てて外へ出て行く。  そしてすぐに帰ってきた。  わたしたちの謁見が終わるのを待っていたのだろう。  もうすでに報告する準備が出来ていた。 「礼はよい! 今起こっていることを話せ!」 「っは! 四領土から緊急の通信がありまして、土地の魔力が急激に回復しているそうです。今日の聖杯の魔力はまだ使っていないにも関わらずこれほど満たされるのはおそらく初めてだと思います」  文官たちの報告によってこの場にいる領主たちが青い顔をしていた。  何故ならこのようなことをまったく知らなかったからだ。  わたしの独断で全て行なっている。 「マリア・ジョセフィーヌ、何を企んでいる?」  シルヴィは立ち上がりわたしを睨み付ける。  だがわたしは軽く受け流した。 「さあ、わたくしは政治のことなど分かりません。ただ、スヴァルトアルフはわたくしの蒼の髪によって土地が復活して、ジョセフィーヌと協力関係になったことを全五大貴族に広めただけですが」 「この小娘がぁぁあ!」  スヴァルトアルフは怒り狂ったように叫んだ。  立ち上がりわたしの首にトライードを添えた。 「貴様、何をやったのか分かっているのか?」  野獣のような目がわたしを睨みつける。  そこらの女ではその目だけで泣いてしまうだろう。  だが残念ながらわたしは怯えはしない。 「この剣を退けなさい、シルヴィ・スヴァルトアルフ」  わたしは真っ直ぐスヴァルトアルフを見返した。 「いいかしら、シルヴィ。わたくしの首を刎ねれば貴方の領土は繁栄を極めるでしょう。ただ他の領土は衰退していく前に対策を取ってくるでしょう。それは話し合いかもしれない。はたまた奪い合いかもしれない。わたくしを殺した時点でそれは終わりよ」 「ならお前を縛り上げて渡すのみだ」 「残念ですが、わたくしのネックレスが見えるかしら?」  そこでシルヴィもやっと気が付いた。  大きな宝石が蒼く光っている。  それはひと目見ただけで高価な物だと分かる。 「それが何だ。何かの魔道具か?」 「ええ、わたくしの命を散らしてくれる魔道具よ」  シルヴィも含め全員が息を呑んだだろう。  自分を殺すかもしれない魔道具を身に付けるなんて正気の沙汰ではない。 「いいかしら、少しでもわたくしに危害を与えてみなさい。すぐにでも死んであげるわ」 「馬鹿なことを……っち! 何が目的だ」  忌々しげにシルヴィはトライードを下ろした。  玉座へと戻ってわたしに聞いてきた。 「わたくしはしばらく伝承の秘密を調べたいの。ヨハネと戦うには力がいる。ゼヌニムと王族はヨハネに奪われたけど、まだ他の五大貴族がいる。これさえ味方にすれば対等に渡り合える」  今のヨハネを相手にするのに個人の力では勝てない。  五大貴族と王族が敵対する関係なんて協定によって禁止されている。  それなのにこのような事態が起きているのだから、わたしも同じく力がいる。 「くそっ! 何が対等だ。スヴァルトアルフは大損じゃないか。少しも利がないのにこのような小娘に翻弄されるなんて」  スヴァルトアルフの吐き捨てる言葉にわたしは一歩前に出た。  護衛騎士が前に出ようとする。  トライードでわたしを先へ行かせないようにした。 「その目はなんだ?」  スヴァルトアルフへわたしは言う。 「わたくしはヨハネから領地を取り戻す。その時は貴方へこう呼ばさせてあげるわ。シルヴィ・ジョセフィーヌとね」  先ほどまで苛立ちを隠そうとしなかったのに、逆に呆けたような顔をしてすぐに口角をあげた。 「ほう……面白い。当主を名乗るか。ならアビ・シュトラレーセ!」 「っは! こちらにいます」  ほっそりとした真面目そうな男が前に出た。  ラナとアリアの父親だ。 「お前に監視を任せる。その女がわたしの領地を荒らさないかを見ておけ」 「仰せのままに」  シルヴィは玉座から立ち上がり、わたしの横を通った。 「次期シルヴィになったら非礼を詫びてやる。励むが良い」  彼はそれだけを言って玉座の間から出て行った。  どうにか今日を生き延びた。
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