第五章 王のいない側近

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 シルヴィが出て行った後に、アビ・シュトラレーセがこちらに歩み寄ってきた。 「マリアさま、シルヴィより命も降りましたのでわたしの城でしばらく滞在頂けますでしょうか?」  アビは少し周りを警戒しながら聞いてきた。  この場ではあまり言えない話も多い。 「分かりました。レティアと側近たちも連れて行ってもいいのでしょう?」 「それについてはお待ち頂こう!」  突如大きな声が響いた。  わたしたちの話を邪魔してくるのはアビ・グレイルヒューケンだ。  若くして領主になったやり手の男。  三白眼のためか少し取っ付き難さがあり、苦労も多くしているため疑い人物としても有名だ。  そんな彼はわたしを睨んでいた。 「これ、やめないか!」  アビ・シュトラレーセは同じアビを冠する者として非礼をやめさせようとする。  だが若き領主にその言葉は届いていない。 「マリアさまは所詮元ジョセフィーヌだ。城を奪われた時にその神性に陰りを残している。今でさえシルヴィに恩がありながら、あのような不遜な態度をしていたのだぞ! 捕まえることが出来なくとも、その従者を人質に取るくらいはするべきだ!」  力強く言い切るこの男に賛成する者もいるだろう。  シルヴィへの忠誠は誰もが持たなくてはならない。  それをこの男は忠実に守っているだけだ。 「それはシルヴィ・スヴァルトアルフが言ったのかしら?」  わたしが彼に質問すると分かりやすいほど嫌悪した顔で吐き捨てた。 「言われる前に行動するのが、下の者の役目だ」 「あらそう。シルヴィも大変ね。このような猛犬はわたくしも手懐けるのに苦労したから気持ちが分かるわ」  わたしの言葉を聞いてアビ・グレイルヒューケンは顔を真っ赤にした。  一体どこと比べたのか分かったのだろう。 「あの野蛮人どもと一緒と申すか。我らの忠義と献身を馬鹿にする権利が其方にあるのか?」  今にも飛び掛かってきそうなほど怒っている。  レティアがわたしを心配してすぐに謝ったほうがいいと諭してくる。  少しばかりおちょくりすぎたようだ。  ここは大人な対応をしよう。 「ごめんなさい、そんなに怒るとは思ってもみなかったの。それでは御機嫌よう」  わたしはドレスの裾を上げてお別れを告げた。  この空気の中何事も無かったかのように去ろうとするわたしに、アビ・グレイルヒューケンは唖然としていた。 「おいちょっと待て! まだ話は済んでいない!」  わたしは振り向き、彼の目を見つめる。 「そんなにわたくしから奪いたいのかしら?」  思わず低い声が出た。  アビ・グレイルヒューケンは一瞬息を詰まらせた。  だがすぐにこちらを睨み返した。 「あ、当たり前だ! 敵か味方か分からないマリアさまを自由にして痛い目を見るのはこちらだ。御二方もそう思うだろ!」  残りの領主に同意を求めるが二人とも言葉を濁すだけで答えようとしない。  苛立ち気に舌打ちをして再度わたしを見た。 「ならいいですわよ。誰を奪います? クロートですか? リムミントですか? それとも全員ですか?」  わたしは一歩ずつ彼に近づく。  その分彼は一歩後ずさった。 「ですが一つだけ注意してくださいませ。わたくしを敵に回すのならヨハネの次は貴方ですよ? それができる立場にわたくしはなるつもりですから」 「そ、それが何だ! スヴァルトアルフの御力は例えジョセフィーヌといえども突破できない。それほどの功績があり、この地はどの領土よりも神々の恩恵がある」  彼も気持ちを強く持ってわたしに言い返す。  彼の理性が本能を抑えて、常識で答えている。  だがそれで通じるのは同格以下の相手だけだ。  残念ながらこの男はわたしの相手にならない。  邪魔をするのなら完膚なきまで叩きのめすだけだ。 「いいわ。もしよろければ決闘でもしませんか? わたくしが負ければ側近全員を人質として差し出します。反抗することを禁じるように言い包めますね」 「お、お姉さま!? いくらなんでも無茶です!」  騎士でもないわたしが男と決闘なんて、ましてやそれも五大貴族の令嬢だ。  普通ならあり得ない申し出にレティアが反応した。 「しょ、正気か!? 例え騎士でないわたしとはいえ、マリアさまが勝てると思っているのですか?」 「ええ、でもわたくしが勝ったら黙って協力してもらいましょうか。ルールはそうね。魔法禁止のトライードで真剣勝負というのはどうでしょう? もちろん身体強化もだめよ?」  こちらを疑い深く見ている。  一体何を考えているのか必死に考えている。  ここまで迷ってくれているのなら後一押しだ。 「もちろん逃げていいわよ。猛犬から負け犬になってシルヴィに泣きつくことね」  わたしの挑発はしっかり響いたようだ。  顔をさらに怒りで歪ませた。 「いいだろ! その決闘受けて立つ」  これでわたしは優秀な手駒を得られると内心ほくそ笑んだ。 「お姉さま、これ以上無茶はやめてください」  レティアが泣きそうな顔でわたしを見ていた。  もう彼女の家族はわたししかいない。  わたしにもしもがあったら独りになってしまう。  その気持ちを感じ取り、わたしは彼女の頭を撫でた。 「安心しなさい。ずっとわたくしは居ますよ」 「分かっています。お姉さまはどんな殿方よりも華麗に物事を解決してくれます。でもーー」  わたしはレティアの言葉を人差し指で止めた。 「カッコいい姉の姿を見ていてください。一応わたくしはセルランに勝った女ですよ?」  わたしは彼女にウィンクした。  わたしは絶対に負けられない。  何故なら、妹に姉のかっこいいところを見せられる最高のチャンスなのだから。  すぐに城の中庭に移動する。  その間に側近全員との再会を喜ぶ。  だが先ほどあったことを伝えるとみんな顔を青くする。 「おいおい、マリアさま! 一体何があればアビと決闘なんて起こるんですか!」  ヴェルダンディの言葉に全員が頷く。  仕方がない、成り行きでこうなったのだから。 「エルトさま、どうしてマリアさまをお止めになってくださらないのです!」  ディアーナもエルトに向けて注意した。  あまり怒らないディアーナも男と決闘なんて聞いてその場にいた大人に注意した。 「無理を言わないでくれ。あの時のマリアさまはわたしなんかが止められるものではない。シルヴィがいながらこんなことを言ってはいけないのだろうが、わたしは初めて神性というものを感じた」 「それは一体どのような感じでしたか?」  ラケシスがエルトに説明を求めに行った。  何だか盛り上がっているようなのでわたしは鎧を着て、決闘へ向かおうとする。 「マリアさま、何か勝算はありますか?」  下僕が心配そうに聞いてくる。  魔法は禁止でトライードだけしか持ち込めないのだから心配も無理もない。 「大丈夫よ。わたくしに任せて」  わたしは彼に心配を掛けまいと笑顔で前に出た。  トライードを剣として使うのは初めてかもしれない。 「よくぞ来た」  もうすでに鎧を着て待っていたアビ・グレイルヒューケンは自信満々にこちらにトライードを向けた。
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