第五章 王のいない側近

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 騎士ではないが女のわたしくらいなら負ける気がしないのだろう。  彼は今回の勝者の特権を確認する。 「今回の条件は、わたしが勝てば側近全員を人質として取る、其方が勝てばシルヴィを裏切ることでなければわたしはどんなことでも協力しよう」  わたしは同意のため首を縦に振る。 「ええ、構いません。それでいいでしょうか、シルヴィ・スヴァルトアルフ?」  わたしが横を向いて同意を求める声を上げると、全員がその方向へ目を向けた。  テラスからシルヴィがこちらを見ていた。  まさかこちらを見ていると思ってもみなかったであろうアビ・グレイルヒューケンが慌て出した。  要らぬ騒ぎで罰せられると思ったみたいだ。 「かまわん」  シルヴィの許可もあり、彼もホッとしていた。 「ではルールは魔法禁止で、一太刀でも浴びれば負けてよろしいですか?」 「もちろんだ」  同意も得られた。  お互いにトライードを構えて、急にアビ・グレイルヒューケンは笑い出した。 「ふふふ、ははは!」  急な笑いが起きたと同時に複数の騎士たちが現れて、側近たちを取り囲んだ。 「一体なんですの?」 「マリアさまの魂胆は見え見えだ。このルールは魔法の使用は禁止、ならば魔道具や外からの手助けは許されるというのだ。ならば最初からそれを封じればいい」  どうやらわたしの考えの裏を読んだ結果の行動らしい。  確かにそういった意味もあってあまり深くルールを決めなかった。  馬鹿ではないようで、すべてに疑った結果らしい。 「どうした? 顔色が悪いのではないか!」 「さあ、何のことでしょう」 「負け惜しみも先が見えているとこれほど愉快なことはない」  もう勝ちを油断したのか彼は笑いを押し殺している。 「魔道具も其方の動きだけ見ておけば防げる。アビ・シュトラレーセ、試合を始めろ!」  こちらを心配そうに見てくるがもう試合を始めるしかない。  アビ・シュトラレーセは試合のコールをする。 「決闘開始!」  始まったと同時にわたしは駆け出した。  先手必勝で決着を付ける。  懐から魔道具である小さな小瓶を取り出した。 「やはりそうか!」  気付かれることは想定していた。  わたしは瓶を周囲に合計四本投げた。  瓶が地面との衝突で割れて中身が溢れる。  すると周りの花が咲き出して、木々が成長を始めた。  わたしの魔力を閉じ込めていたので、大地に奉納されると生物の成長を早めたのだ。  雑草の成長も早まり、わたしの姿が分からなくなっただろう。  しかし。 「っふ! それで姿を隠したつもりか!」  雑草を切り裂いてわたしを補足した。  すぐさまこちらの距離を縮めてくるので、追いつかれるのは時間の問題だ。  わたしの身体能力は正直言って無いに等しい。  食器より重たい物を持たないのでそれは仕方ない。  だからわたしは頭で勝つしかない。  方向転換して逃げから攻めへと転ずる。 「いやああああ!」  わたしは気合を入れてトライードを上段から振り下ろそうとした。 「えっ?」  アビ・グレイルヒューケンは腑抜けた声を出した。  何故ならわたしのトライードはすっぽ抜けて空高く舞い上がっているからだ。  さらにわたしはすっ転げた。 「そりゃねえぜ、マリアさま!」  ヴェルダンディが叫んでいた。  全員の気持ちを代弁しているようで、それを取り囲んでいる騎士たちは笑っていた。  そしてアビ・グレイルヒューケンも大きく笑っている。 「おいおい、なんだそれは? 流石に貴族の令嬢が戦いなんて出来ないか。わたし以外なら策に全く気付かなかっただろうが、最初に手を封じれた時点で負けですよ。顔なんて傷付けられたくないでしょうから、大人しくしておけば鎧にコツンて当てるだけで済みますよ」  彼はゆっくりトライードをこちらに近付けてくる。  勝利は目前なので、笑いが止まらないことだろう。 「あら、お優しいわね。お言葉を返すようだけど、その場を動かない方がよろしいですわよ」 「あぁ? 何を言ってーー」  コンっ。  トライードが鎧に触れた音だ。  わたしのトライードが間違いなく、アビ・グレイルヒューケンの肩に当たり弾かれて落ちた。  もう少しで彼の脳天に突き刺さっていたかもしれない。  その光景を見ていた者は等しく時が止まったかのように呼吸を忘れた。 「そ、そこまで! 勝者、マリア・ジョセフィーヌ!」  審判のコールも流れて勝敗が決した。  一拍置いてから、全員の時は動き出す。 「おお、勝ったぞ!」 「流石は姫さまです!」  ヴェルダンディとラケシスが喝采をあげていた。  他の側近たちも胸を撫で下ろしたようだ。 「な、なんだと!?」  アビ・グレイルヒューケンは上を見上げた。  ちょうどそこには木の枝が真上にある。 「気付いたかしら? わたくしのトライードはあの枝に当たって予想以上に早く落ちてきたのよ」  説明するまでもなく理解しただろう。  彼は呆然と上を見ている。  一体何を思っているのかはわからないが、ゆっくりシルヴィへ目を向けた。  だがもうすでにシルヴィは背を向けてテラスから城の中へ入っていっていた。  自分のトライードを落として、膝を付いていた。 「最初からこの作戦を考えていたのか?」  わたしに問いかけてくるので肯定した。 「ええ、もしもの作戦を五つくらい用意していたけどこの作戦で行けると確信したわ」 「それはわたしが慢心していたからか?」 「ええ」 「そうか……」  疑い深い男がわたしの作戦を読み切っていたと思ったところで勝敗は決した。  彼は怒りなどの感情のせいで、自分が持っている一番の強みを無くしたのだ。 「では約束を守ってもらえるかしら?」  わたしは自身のトライードを拾い上げながら答えを待った。 「ああ、言う通りにしよう。だが少しでもシルヴィに害を為せばその首はもらいうける」 「そんなことはしないわ。貴方のシルヴィがわたくしに何もしない限りね」  わたしはアビ・グレイルヒューケンに手を差し出した。 「これは?」  戸惑った顔で手をぼんやりと見ていた。  わたしは笑顔で答えた。 「決闘の後はお互いを称え合うものよ。そんなの常識じゃない」  一瞬喉を鳴らして、わたしを見て再度わたしの手を見た。 「それもそうだ。騎士でなくとも当たり前の常識だ」  自分の言葉に納得して、わたしの手を握り返した。  これでわたしは一人の仲間を手に入れたのだ。 「マリアさまはマンネルハイムの後にアクィエルさまを煽っていましたがね」 「ふんっ!」  下僕が余計な一言を呟くので、トライードを投げてあげた。
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