第五章 王のいない側近

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 クロートから大量の本を任されたので、少しずつ解読していく。  だが流石に疲れたのでわたしは気分転換に紅茶を淹れてもらった。  お菓子も食べて至福の時を過ごす。 「ありがとう、ラケシス。貴女も忙しいのにごめんなさい」  紅茶を淹れてくれた側近に感謝を伝える。  ラケシスは特に疲れた様子も見せることなく爽やかな笑顔で答えた。 「これくらいでしたらいくらでもお申し付けくださいませ」  ラケシスは何気に伝承への造詣が深く、手伝ってくれてとても助かっている。  彼女にも何か報いてあげたいが彼女は何を欲しがるのだろうか。 「ラケシスも席に座ってください。せっかくだから貴女も休憩するといいわ」 「かしこまりました。お言葉に甘えます」  ラケシスと二人で話すというのは久々な気がする。  ラケシスは王国院に入ってから側近入りを希望され、サラスからの推薦もあったのでわたしの側近になったのだ。 「ラケシスは王国院に入るまではノヴァルディオン領いたのですよね?」  ノヴァルディオン領は光の神を信仰する領土で、機械業が発達している領土だ。  効率化をどんどん進めているが、どうしても投資金額が高いため普及率が良くない。  だが数十年後にはどこよりも成長していると睨んでいる領土だ。  ジョセフィーヌ領が戻ったら、すぐにでも交流を深めようと思っている。 「はい、あそこは異質な考えを持っている方が多いと聞いていたので、実際に赴いて勉強しておりました。寡黙な方が多いですが、行動で示すタイプの方が多いので不快ではありません」 「確かにあそこの学生はかなり真面目よね。もともと王国院に入る前からわたくしの側近入りを希望していたの?」  ラケシスの笑顔が固まった。  何とも気まずい。  これはわたしの側近入りをするつもりはなかったな。  ラケシスは真っ直ぐすぎてあまり嘘が上手くない。  今思うとわたしがカジノに行った時、誰も彼女の様子がおかしいと思わなかったのだろうか。 「えっと、気にしなくていいのよ! 別に今が大事なのだから、うん!」  予期せぬことだったためわたしが慌ててしまった。  だがラケシスも慌てて訂正した。 「い、いえ! 確かに幼少の頃から姫さまの側近入りするよう家族からきつい躾をされてそれが嫌で他領に行きました。でも今は本心から仕えたいと思っています!」  ラケシスが両手を握りしめて力説する。 「そ、そう?」 「ええ、わたくしは昔は蒼の髪の伝承が好きで何度も読み込んでいました。しかし最初は夢中になってもすぐに他に興味が移るものです。ですが本物のその髪を見て再びわたしは心が躍ったのです。もしかしたらまた伝説の再来があるかもしれないと。わたくしの目は間違いではありませんでした。これほど得難い経験を出来ているのですから」  ラケシスが目をキラキラさせる。  そこまでわたしの行動は変ではないと思うのだが、彼女の幻想を壊さないのは、自分のためにもいい気がする。 「ラケシスが良いならいいのよ。そういえばラケシスは気になる殿方はいませんの?」  これ以上わたしの話は耐えられないので話を変える。  すると急激に勢いが減っていった。 「いません」  まさかの即答。  そろそろ結婚を意識する年頃であるが、彼女に浮いた話というのがない。  彼女もわたくしと一生共に過ごしていくことを誓っているので、他領に嫁ぐことはない。  わたしがシルヴィになった後は、私に仕えるが、どちらかというとサラスと同じくジョセフィーヌに仕えるといった方が正しい。  だからわたしが当主になった後に、当主の座から落とされたら彼女は次の当主に仕えないといけない。 「まあ、貴女なら大丈夫でしょう。もし誰か好きな人が出来たら教えてくださいね」 「それは……はい」  どこか歯切れの悪い返事だった。  ドアが開く音が聞こえた。  下僕とアスカが仲良く入ってきた。 「あれ、お二人とも休憩ですか?」  アスカがわたしたちのお菓子を見て食べたそうな顔をしている。  わたしは二人をこちらへ呼んだ。 「こちらへいらっしゃい。二人も少しは休憩したほうがいいわよ」  わたしの招きに応じてこちらへやってきた。  ラケシスが二人分の紅茶を用意して一息つく。 「どう二人とも、調査は進んでいる?」  文官たちには伝承で使われていた道具の再現を行ってもらっている。  どうにも祭壇は大きな魔道具となっており、至る所が壊れているので魔力の通りが悪いらしい。  なので外付けの魔道具で何があっても対応できるよう準備してもらっている。  闇の神と光の神の祭壇は百年以内に作られており、管理も行き届いているので問題は無い。  問題があるとすればわたしの領土含めて、ゼヌニムとリーベルビランだ。  この三領土はしっかり直さないといけない。 「魔力が足りないこと以外は順調です」  アスカが苦笑気味に答えた。  魔道具の実験はどうしても魔力を大きく消耗する。  土地に魔力を送るための日課もあるせいで、王国院にいる間と比べると魔力の自由度が少ないのだ。  特にわたしたちは匿ってもらっているので、率先して提供している。 「こればかりはしょうがありませんね。地道に一歩ずつやりましょうか」  全員が頷いた。  下僕が美味しそうな顔をしていると先ほどのクロートへの恨みが募ってくる。 「ちょっと下僕……クロートはどうしてこんな意地悪をするの!」 「ええ!? 知らないですよ! マリアさまが何かやらかしたんじゃないのですか?」  貴女の未来の姿なのだから意志の疎通を無意識にしてほしいものだ。  しょうがないので説明する。 「ただわたくしはこれまでのお礼として縁談の話を持ってくると言っただけです! そしたらこんな終わらない量の本を置いていくなんて!」  あまりにもわたしが不憫すぎる。  だが他の者は冷静だった。 「マリアさま……それは怒りますよ」  まさかのアスカから残念そうな顔で言われた。  わたしにはさっぱり理由が分からない。  そこでラケシスから助け舟がくる。 「姫さまと同じくらい魔力のあるクロートでは誰とも結婚出来ないからではないですか?」  そういえばそうだった。  クロートの魔力が高すぎて、誰と結婚しても子供を残せない。  そうなるといくら縁談の話を持ってきても意味がないのだ。  馬鹿なのはわたしだった。 「そういえばそうでしたわね。彼も辛いわよね」  そのことでまたわたしは一つ聞き忘れていたことを思い出す。  クロートはどうやってあれほど強力な魔力と蒼の髪を手に入れたのだろうか。  わたしは下僕の顔を見た。  そして彼もわたしを見ていた。 「マリアさま、もしマリアさまが当主に戻ったらぼくの魔力量で結婚できる方と縁談を組んでもらえますでしょうか?」  いつになく真剣な顔に思わずたじろいだ。
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