第五章 王のいない側近

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 あまり自己主張をしない下僕が珍しくお願いをしてきた。  そこでクロートが言っていたことを思い出す。  もう両親を始末した。  本来結婚は魔力が近い者、つまりは同じ中級貴族同士でお見合いをする。  そうなると普通は親が相手を見つけてくるが彼を紹介してくれる者はもういない。  さらに彼は中級貴族以上の魔力を持っているので、上級貴族から相手を探さないと子を残せないだろう。  そうなるとわたしが縁談を持ってこないと彼は一生結婚できないかもしれない。  アスカは楽しげな顔をしていた。 「下僕もそういうの興味あったんですね」 「も、もちろんです。ぼくだっていつかは結婚をします。アスカはカオディさまと仲はどうなっているのですか?」  そういえばカオディとダンスを踊っていた気がする。  二人とも実験が大好きなのでお似合いではある。  しかしカオディもラナに振られたからってそんなに早く好きな相手を変えるのはいかがなものか。  アスカは少し悩ましげだった。 「うーん、正直恋愛についてはあまりよく分からないから、とりあえず実験さえできればわたくしは困りません」  アスカらしい答えだ。  そこでわたしは返答をしていないことに気が付いた。 「アスカはゆっくり考えなさい。それで下僕、その答えですが……」  下僕に視線を移した。  真剣な顔でこちらを見つめてくる。  よっぽど気に病んでいたことなのだろう。  わたしもこれまで支えてくれる側近たちには報いたいと思っている。 「いいでしょう。わたくしが必ず相手を見つけます!」 「必ずですか?」 「もちろんよ。わたくしに任せなさい」  わたしは自信満々に答える。  すると下僕は嬉しそうな顔をする。  側近の悩みを解決できたのならいい。 「さて、休憩も終えてそろそろ続きをやりましょうか」  頭も十分休養を取ったので再度文献の調査を始めた。  その後、夕食を終えた後にわたしたちは一度これまで調べた内容について共有し合う。 「このようなものですね。時に姫さま」  クロートが眼鏡をあげて、わたしを呼んだ。  どこか恐い雰囲気を持っており、わたしは何か怒られると実感した。 「いつの間に一人コソッと抜け出して、メルンの実を食べたんですか?」 「ほぇ?」  わたしは思わず変な声が出た。  その声を聞いてクロートの周りの温度が下がるのを感じる。 「ほぉ、ここでとぼけるとはお仕置きが必要ですね」 「ちょ、ちょっと待ちなさい! 何の話よ!」  全く身に覚えのない話だ。  わたしはずっとこの部屋で本を読む毎日しか過ごしていないので、わたしには全く知らない話だ。  怒るのなら、その取った犯人を怒って欲しい。 「姫さま以外にどうやって何個もメルンの実を当てられるのですか」  たしかに運が絡むので、わたしの超幸運がなければ出来ないかもしれないが、この世には確率というものがある。  誰かが偶然当てただけではないか。 「ひどい、クロート。わたくしはずっとここで頑張ってきたのに」  わたしはうずくまって泣いたフリをする。  だがクロートが教鞭をパチンと鳴らした。  完全に嘘だとバレていた。  そういえば下僕に前使ったことを思い出す。 「ひぃ、今のは嘘泣きだけど、メルンの実は本当に知りません!」 「本当ですか?」  わたしは大きく頷いた。  これで信用してもらえないとわたしは本気で拗ねる。  だがクロートはそれを信じてくれた。 「ならわたしも疑いません。では本題に移りましょう」  わたしはホッとしてクロートの質問に頷いた。 「まずすべきは光の神の眷属を起こすべきですかね?」  ここから最短で行ける場所なのとノヴァルディオンの力は借りたいと思っている。  今回は慎重にことを運ばないといけない。  まずはスヴァルトアルフにお伺いを立てて、互いに了承を得てからの行動になる。 「それはやめときなさい」  突然後ろの方から女性の声が聞こえた。  だがここに誰かがいるはずがない。  わたしたちは声の方へ向いた。  仮面とローブを付けた謎の人物がいる。  すぐにクロートはわたしの前に立って危険に備えた。 「貴女はだれ!」  わたしは呼びかけたがそれに答えることなく、再度言葉を続ける。 「行くべきはスヴァルトアルフの玉座の後ろ。そこに全てがある。アリアを連れて行きなさい」  どうしてアリアが必要なのだ?  彼女が味方か敵かも分からないし、目的も全く読み取れない。  だがこの場所で暴れるわけにはいかない。  大事な書物の部屋で荒らすことだけは絶対にしてはならない。 「貴女たちなら馬鹿なことはしないと思っていたわ」  どうやらわたしの考えを先読みしたようで、そのためにこの図書館でわたしに話しかけたようだ。  予想以上に頭が切れる。 「それと貴女の騎士と侍従、そしてホーキンスも無事よ」  思いがけない言葉にわたしの心臓が脈打った。  本当に無事かは分からないが、それでもその言葉を他の人から聞けただけでも嬉しいと思ってしまったのだ。 「どうして貴女がそのようなことを知っているのです?」  クロートから警戒した声が漏れた。  そうだ、この女が知っているということは何か関与している可能性がある。  女は何も答えない。 「貴女には捕まってもらいましょう」 「あら、恐いわね」  ヒュッと風を切る音が聞こえた。  クロートが一瞬で謎の女との距離を詰めていた。  流石はセルランと互角にやり合っている。  昔の下僕がここまで頼れる男になると思うと成長が楽しみだ。  ……将来クロートに?  なんだか今思ったことに対して自分で疑問が生じた。  だがその疑問も戦いの最中によって吹き飛ぶ。  クロートの手が謎の女を掴む前にいきなり現れた仮面を付けた人物が手を弾き飛ばして、隙のできたお腹に強烈な一撃をくらわせた。 「うぐっ!」  机を吹き飛ばして体をぶつけていた。  クロートを吹き飛ばした仮面を付けた男は涼しげな顔で、女を背負い窓を壊して出て行った。 「大丈夫、クロート?」  わたしはクロートに駆け寄って彼をゆっくり起こす。  大きな怪我もなくうまく受け身を取っていたようだ。 「油断しました。まさかもう一人隠れていたとは。アビに報告して不審な人物がいないか調べてもらいましょう」  わたしはその言葉に頷く。  一体あれらは何をしに来たのか分からないままだった。
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