第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

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「作戦その一、魔法の展開を始めよ!」  試合が始まった瞬間、わたしは作戦を知っている者たちに命令する。  先手必勝の一度しか使えない技である。  文官たちが触媒を持ち寄り、魔法の詠唱を始める。  合成の魔法を複数人で魔力を分担する。  そして魔法でスヴァルトアルフの土竜に向かって水の濁流が放たれる。 「お、おい、飛べ! 」 「まにあわ……」  スヴァルトアルフの選手たちは迫り来る濁流に飲み込まれて、せっかく進んだ距離をゼロにされた。  だがこのタイムロスは大きい。  この隙にこちらの選手が人形に魔法を込めていく。 「うろたえるな! まだ始まったばかりだ。隊列を組み直して各個撃破しろ!」  さすがスヴァルトアルフの指揮官。  突然のことでも動じずに選手たちに気合を入れる。  次は同じ攻撃を食らわないためか全ての土竜が飛翔する。  今回の勝利は最初のアドバンテージを生かして逃げ切れるかどうかだ。  だがこちらも選手たちには練習させてある。  相手が複数で一人を叩こうとするなら、こちらも数人単位で動くようにする。  だが問題は総数が違いすぎることだ。  出場人数に制限がないため、領地が大きなスヴァルトアルフは人員の多さでかなり有利なのだ。  少しずつこちらが抑えられていき、どんどんこちらの人形に到達して魔法を注いでいく。 「マリアさま、こちらが魔力を込めた人形は半分を超えました。けど、あちらももう並んでいます。残っている人間も相手の三分の一になっております」 「予想以上に立ち上がりが早かったせいで、優位な時間も短かったですわね」  作戦の段階では七割の人形を染めた時に並ばれると予想していたが、さすがは上位領地。  このままでは時間の経過とともに人形の数に差が出る。  わたしは次の作戦を命令する。 「作戦その二を行います。ヴェルダンディ、ルキノ、しっかり守りなさい!」  二人はしっかり頷く。  次はこの場所が戦場になる。  側近たちにはかなり止められたが、勝つためにはこうするしかない。 「リムミント、アスカ、下僕、レイナ、ラケシス、ディアーナ! 特大のを行いなさい!」  魔力の多い側近全員を残していたのはこのためだ。  だが相手もこちらのことを意識している。  また魔法を唱えるために準備すると敵の選手がこちらへと攻めてくる。  わたしの側近以外は全員前線に出ているので、戦えるのはヴェルダンディとルキノだけだ。 「ヴェルダンディ、ルキノ、足止めをしなさい! 」  二人の騎士は水竜にまたがり迎撃に出る。  簡単に抑えてくれると言いたいところだが、攻めてきているのは上級騎士たちばかり。  たとえ二人といえど全員を止めることはできない。  二人の防衛をすり抜けた五人の騎士が土竜と共に魔法を準備中の側近たちへ接近する。  魔法の制御ができないわたしは指揮官しかできない。  それを相手も思ってか、わたしに関しては完全に無視していく。  リムミントとディアーナは魔法の発動を中止して、即座に発動の早い水の魔法を放ち、敵を一人一人的確に土竜から落としていく。 「しまった!」  リムミントは声をあげた。  もう少しで魔法を発動できるタイミングだったのに、二人も防衛を突破してしまった。 「これで我らの勝ちは確実だ!」  敵は光り輝く束縛の魔法を発動させ、魔法発動に集中している側近たちを一網打尽にしようとする。  これを乗り切れば勝てる、これを逃せばもう勝てる手段はこちらにはない。  ビューー。  水の魔法が放たれた。  ちょうど一直線上に二人の上級騎士が並んだところで、的確に土竜の上から落とした。  放ったのは、そうーー。 「ま、マリアさまが魔法だと……!」  倒れゆく中、相手の騎士はそう呟いた。  観客も湧いてくる。  誰であろうと、フィールドにいる以上は選手である。 「あら、知らなかったかしら? わたくしは結構お転婆ですのよ?」  ここ数日、クロートから魔法について教わり、少しずつ扱いに慣れている。  まだ魔力消費の多い魔法は制御が出来ないため、簡単な魔法から感覚を身に付けている最中だ。  この弱い水の魔法だけはクロートからも使用の許可をもらっている。  わたしが側近たちの方を向くと、十分に時間を稼いだため魔法も完成していた。  四人の魔力により、人形のある地面が隆起する。  地面が高く高く登って行き、人形はその傾斜に従って落ちていく。  地面に降りていた地竜と共に敵も態勢を崩して倒れこんでいった。  悲鳴をあげながらスヴァルトアルフは瓦解していった。  もう隊列どころではない。  人形も色々な場所に転がっているので、そこに行くまでにも時間がかかる。 「全員、決めちゃいなさい!」 「「おおおお!」」  これで勝負は決した。  相手も急いで人形を染めようとするが、二度にわたる妨害で完全に時間をロス。  そして最後の一個である人形を魔力で染めたところで、試合終了の声が響いた。 「そこまで! 勝者はジョセフィーヌ領!」  もう一度観客たちが湧いた。  まだ本番ですらないが、万年最下位だったジョセフィーヌが優勝候補であるスヴァルトアルフに勝ったのだ。  これはもう最高の瞬間だと間違いなく思う。  わたしが勝利に高揚しているとリムミントが耳打ちする。 「姫さま、頑張った者たちに労いの言葉を伝えましょう」  ……そうね、みんなよくやってくれたわ。  わたしはルキノを呼んで、水竜に乗せてもらい空へと昇る。  お飾りの剣を腰から引き抜いて空へと掲げる。  全員にこの勝利を伝えるために。 「わたくしたちの勝利よ!」 「「おおおおお!」」  またもやわたしの領の者たちだけだが、勝手に魔力の奉納が水の神へされた。  光が天へと登っていき。  この勝利を飾るのにいい演出となった。  ……これなら優勝もいけるかも  もう一度全員の拍手喝采を聞いて、指揮官の役目を終えた。  わたしが水竜から降りようした時、空が急激に曇り始めた。  その変化は到底自然のものとは思えない。 「な、なにこれ? 」  何故だかわからないが悪寒が止まらない。  嫌な視線を浴びている気がする。  それもねっとりとして、心を鷲掴みされているような。  天が煌めいた。  予兆もなく、わたしとルキノの反応速度では到底動くことのできないもの。  天からイカズチが落ちてきた。  瞬きより早い速度で落ちてくるにも関わらず、ゆっくりとそれが近付いてくる。  目の前に死がやってくる。  わたしが見上げている視線の先に人影が映った。  それがだれかすぐにわからなかった。  少しずつ今の出来事が現実であると認識し始める。  わたしは見たくもない現実を見ることとなった。  わたしの代わりにわたしの可愛い護衛騎士である“ヴェルダンディ”が避雷針となったのだ。  その後遅れて雷鳴の音とヴェルダンディが煙を立てながら地面へと落ちる音が続けて聞こえた。 「ヴェルダンディぃぃ!!」 「ダメです、姫さま! ここから降りるのは危険です!」  わたしは声を荒げてヴェルダンディの名を叫んだ。  無我夢中で地面へと降りようとするが、ルキノがわたしの体を抱きしめて必死に止める。 「ルキノ! はやくッ、早くおろしなさいッ!」 「落ち着いてください! 今はレイナとディアーナ、そしてラケシスが回復の魔法を使っております。姫さまがここで動揺してはなりません!」  わたしは気持ちがぐちゃぐちゃにになりながらルキノを急かせる。  だがルキノはそうはさせない。  今の取り乱したわたしを他の生徒に見せるわけにはいかないからだ。  暗い雲からポタポタと水が落ちてくる。  わたしは雨を全身に浴びながら、生まれて初めて水が鬱陶しいものであると感じた。
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