第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

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 他の領土のマンネルハイムも急激な天候の変化により、中止となった。  わたしも体を冷やすといけないため、一度入浴する。  普段なら心地の良いお風呂だが、気持ちが急いてるためなにも感じない。  本当は入浴など後回しにして、ヴェルダンディの見舞いに行きたいがそれは側近たちから止められている。  わたしは長い時間、お風呂にいるような気がしてきたのでお風呂から出ようとする。 「姫さま、まだ入ったばかりですので、もう少し体を暖めてからにしてください」  ディアーナからまだ出るのは早いと言われ、もう一度湯船に浸かる。  やっと入浴の時間が終わり、わたしは着替えを済ませて医療室へと向かう。  優秀なお抱え医師を呼んでいるため、診てもらっているのだ。  部屋の前にはヴェルダンディの侍従が立っており、わたしをヴェルダンディの元へと案内する。 「ヴェルダンディ……」  ベッドの上で包帯を巻かれて眠っている。  わたしは体を張って守ってくれた騎士の顔を見る。  痛々しいのに、その顔には苦痛の色はない。  意識不明。  回復の魔法でも全快は難しく、このままでは死んでしまう可能性もあるとのこと。 「先生、この子は目を醒ましますよね?」  わたしは医者に問いかける。  だが医者は目を背けた。  わたしの言葉でこの態度は本来であれば無能者とされるだろう。  どんな手を尽くしてでも命を繋げろと貴族の言葉として言っているにも関わらず、同意をしないということは、自分では不可能であり、たとえやると言っても出来ずに死期を延ばすだけ。  わたしはこの医者に対して特に何も言わない。  薄々分かっていた。  わたしは医者をねぎらって外へ出てもらう。  医者は少し虚を衝かれたような顔をしていたが、今は気にしている余裕がない。 「ねえ、ヴェルダンディ。あなたは子供の時はよくわたしと遊びましたわね。わたしとこっそり城を抜け出したせいで魔物に襲われて死にかけて、もう二度とわたしを危険な目に遭わせないって、わたしの護衛騎士として恥じることのない立派な騎士になったわね」  子供の頃の記憶が蘇ってくる。  あの頃はよく大人たちの目を掻い潜っって、城の外へも遊びに行った。  ヴェルダンディは悪ガキであったが、わたしを危険な目に遭わせてから人が変わったように真面目な騎士へと成長していった。 「ヴェルダンディ、もう二度とわたしを守ってくださらないの? 」  答えは返ってこない。  わたしも分かっている。  意識がないのだから意味がないことを。  泣くことも出来ず、ただ涙を流さず我慢して、わたしの誇り高き護衛騎士の姿を目に焼き付ける。  彼に背を向ける。 「行きましょう」 「……ま……り……あ…さ……」  今ヴェルダンディの声が聞こえた。  わたしは急いでベッドに近付いて彼の口に自分の顔を近付ける。  たしかにわたしを呼んだ。  だがそれ以上の言葉はなかった。  だがその声で一つの希望が生まれた。  わたしは早足で部屋を出て、側近たちを会議室へと召集させる。  今はなによりも優先しろと命令して呼んだのだ。  側近ではないが、クロートとピエールも駆けつけてくれた。  全員が集まってから話を始める。 「詳細は知っていると思いますので省きます。ヴェルダンディの意識を取り戻すための良案をだれか出しなさい」  そこで二つの手が上がった。  クロートと下僕だった。  クロートは下僕に譲って、下僕が話を始める。 「ホーキンス先生なら何かご存知のはずです」 「ホーキンス先生が?」  魔法にはたしかに詳しいが、医術にも精通しているのだろうか?  わたしの疑問は側近全員が思っていること。 「はい。先生はよくいろいろな土地へ出向きますのでその土地特有の薬草なんかもよく知っております」 「ホーキンス先生はあれで芸達者でもあります。何でも一通りのことはできる優秀な方ですが普段の行いがあまり良くないので、足し引きゼロですが」  クロートも下僕と同意見のようだ。  今はこれ以外に可能性がない。  すぐさまホーキンス先生のいる魔術棟へと向かう。  部屋に入ってみるといつものように散らかっていると思ったが、今日は整理されていた。  ホーキンス先生は部屋の隅で様々な色をした試験管を面白そうに眺めていた。  声をかけると意外そうな顔をしてこちらを見る。 「おや?マリアさま、今日はマンネルハイムの練習ではなかったですか?」 「急な悪天候で中止になりましたの。今日は部屋が綺麗ですわね」 「当然です。定期的にわたくしたちが清掃に来ておりますので」  レイナは自信満々に答える。  今後わたしが出入りすることを見越して、清潔に保っているようだ。  それにホーキンス先生は苦笑いをした。  こっぴどく言われたのだろう。  わたしも気持ちがわかるので同情の視線を向けるが、レイナから「その目はどういう意味でしょうか?」と問われたので、曖昧に手を頬に当てる。
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